アニメ「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」感想。はっきり言っておもしろくはない。でも“制約ゼロ”とかいう独りよがりルール仕様の「ルール」ができつつあったよね

アニメ「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」感想。はっきり言っておもしろくはない。でも“制約ゼロ”とかいう独りよがりルール仕様の「ルール」ができつつあったよね

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アニメ映画「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」を観た。
 
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「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」(2008年)
 
STUDIO 4℃制作のアニメ映画で、アニメ界のトップクリエイター5人による“制約ゼロ”をコンセプトとした短編オムニバス作品。
「アニマトリックス」の前田真宏や「キル・ビル」アニメーション監督の中澤一登などが参加し、それぞれのセンスで創り上げる5つの映像世界となっている。
 
「創造力は超越する」
“脳内麻薬(エンドルフィン)体感アニメーション”。

 
2007年公開の「ジーニアス・パーティ」の第2作目である。
 
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最低だった「ジーニアス・パーティ」の続編「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」。マジかおい、逆に興味がわくじゃねえかww

5人のトップアニメクリエイターによる“制約ゼロ”の短編オムニバス「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」
 
先日、前作「ジーニアス・パーティ」の感想を申し上げたが、今回はその続編「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」についてである。
 
先日の記事でも散々言ったが、前作「ジーニアス・パーティ」は最低だった。
“制約ゼロ”のコンセプトのもと、7人のトップクリエイターが織りなすオムニバス作品というのがウリらしいが、どこからどう見ても失敗と断言せざるを得ない。
それぞれが思いつくまま好き勝手なことをおっ始めた結果、出来上がったのはまったく収拾のつかない視聴者無視の独りよがりな短編集。
 
全編105分と比較的短い作品ではあるが、はっきり言って観るのが辛い。あんな地獄は二度と味わいたくないとまで思ってしまったほどである。
 
アニメ「ジーニアス・パーティ」感想。ダメだなこれは。松本人志「ゴッホの気持ちがわかる」←うわぁ…。史上最高のパンチラインを教えてやんよ
 
ところが、どうやらその「ジーニアス・パーティ」に続編があるらしい。
 
ん? しかも公開は翌年の2008年?
 
いや、ウソだろ?
あんな独りよがりの自己満オムニバスに続編が?
そんなものを望まれるほど、あの作品にファンがいたってことなの?
 
 
最低だった「ジーニアス・パーティ」にまさかの続編があることを知り、驚きとともに俄然興味がわいてしまった。
奇抜で先鋭的な作品がダメとは思わないが、あそこまで観客を置いてきぼりにした作品が続編を望まれるほど受け入れられていたとは。
 
大急ぎでWOWOWオンデマンドを漁ったところ、おお、あるじゃねえかと。
 
そんな感じで、今作「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」を視聴してみた次第である。
 

5作品の感想を1つずつ。期待はしてなかったけど、やっぱりね…

では、ここからは例によって5作品についての感想を述べていこうと思う。
 

●「GALA」(前田真宏)

作画は大衆的で内容もそこそこわかりやすい。「ジーニアス・パーティ」シリーズの中ではどちらかと言えば初級編と呼べる作品。
 
恐らく前回の反省を踏まえてのことだと思うが、とっつきやすい作品を最初に持ってくることで「今回はこういう雰囲気ですよ」と視聴者に宣言しているのだろうと。
 
 
やっていることは要するに「バグズ・ライフ」なのだが、監督の前田真宏氏がジブリ出身? というだけあり「もののけ姫」や「天空の城ラピュタ」などのテイストも端々から感じられる。
また、STUDIO 4℃制作ということを考えると、もしかしたら「スプリガン」も少し入っていたかも。

 
ただ、別におもしろくはない
先陣を切る作品に選ばれたのは理解できるが、独りよがりには違いない。
出だしは結構よかったのに、結局中盤から自己満映像をダラダラ流すだけのPVに移行しちゃったよね。
 

●「MOONDRIVE」(中澤一登)

 
個人的に一番好きだった作品。
月面都市に暮らす輩? のグループが偶然宝の地図を手に入れ、一獲千金を目指して旅に出るというストーリー。ラストのオチもそのまんまで安心感があり、15分程度のコンパクトな作品としてよくできていたと思う。
また、耳にタコができるほど聞かされた“映像センスのよさ”というものを初めて感じられた作品でもある。
 
ただまあ、わざわざ言及するほどのものでもない。
作品単体でどうということはなく、オムニバスの中の1ピースとしてはよかったよね程度。来週になれば記憶のかなたにすっ飛んでいく範疇かなと。
 

●「わんわ」(大平晋也)

切り絵風なタッチの絵柄がうねうねと動き、子どもが夢の世界を旅するイメージの作品。
クレヨンで描いたような手作り感満載の絵柄だが、目の前に現れた物体がどんどん変形して別の姿をなすというのはディズニーの無声アニメ映画と少し被る気もする。
 
そして、これも決しておもしろくはない。
物体が次々と形を変えていく様子は確かにダイナミックなのだが、いろいろな面でやり過ぎ
初っ端の「GALA」同様、途中で「早く終わらねえかな」と思ってしまったのが本音である。
 
軸となるストーリーとアートのバランスに関しては、やはりディズニーアニメの右に出るものはない。

 

●「陶人キット」(田中達之)

 
2作目の「MOONDRIVE」同様、比較的ストーリーがしっかりしていた作品。個人的にも「MOONDRIVE」に次いでおもしろいと思えるものだった。
 
ドロドロと動く謎の生き物? といい、やたらとクールで無表情のキャラクターといい、大友克洋作品っぽいなぁと思っていたが、なるほど。監督を務めた田中達之氏は「AKIRA」の原画担当の方とのこと。
 
 
ただ、この作品に関してはもう少し長い尺で観たかった。
 
荒廃した集合住宅に暮らす無表情なお姉ちゃん、クールを決め込む管理局の捜査官、その管理官に付き従う気持ち悪い2人その他。いろいろなことが答え合わせのないまま終わってしまったので、尻切れトンボ感が尋常じゃない。
 
彼らの住む世界がどんな場所なのか、あのドロドロした生き物? はどこから来て何をするのか。そしてなぜあの生き物を飼う? ことが禁止されているのか。
レイ・ブラッドベリの「華氏451度」や有川浩の「図書館戦争」のような世界と考えればいいのか。
 
あらゆるものが唐突過ぎて、作品に興味がわいたところで分断されてしまったのが残念だなと。
 
ついでに言うと、ちょっとだけミヒャエル・エンデの「モモ」っぽい雰囲気もあったかな。
 
 
ちなみに捜査官・島田の声優を務めた佐野史郎については個人的にギリギリセーフだった。
 
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●「次元爆弾」(森本晃司)

 
あ~あ、また始まったよ。
 
だからさぁ……。
これ系の自己満足PVはアニメ作品でやっちゃダメなんだって。
 
前回の「LIMIT CYCLE」でも散々申し上げたが、こういう視聴者全無視の謎哲学映像垂れ流しはダメ。マジでダメ。
 
最小限のセリフと奇抜でド派手な映像世界?
暴走するタマスィーとあてどもなく浮遊する身体?
 
知らんがな。
 
ここまでの4作品はどうにか耐えてきたが、最後の最後で心がポッキリ折れた。
 
 
いや、本当に申し訳ない。
 
あえてお聞きしたいんですが、こういうのって理解できなきゃダメなんすか?
監督の意図、ストーリーの核とやらを読み解くことが作品に向き合うべきスタンスなんすか?
 
それとも、あくまで“独りよがりのイメージクリップ”として受け止めればいいんすか?
 
どれが正解なのか、もしくは正解がないのが正解なのか。
僕の脳みそではまったく理解が追いつかないのですが。
 
てか、そういう諸々が面倒くさいんですよね。
 
 
この手のアート映像は4、5分のPVだから成立するのであって、15~20分も見せられるのはクソダルい。制作側がそこをわかっていないパティーンがあまりに多過ぎる。
 
 
ちなみにこの森本晃司氏も「AKIRA」の作画を担当していた方とのこと。
うん、確かに絵柄はそれっぽかったですけどね。
 
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おもしろくはなかったけど、薄っすらながらも「ジーニアス・パーティ」仕様のルールができつつあったかな

以上である。
 
申し上げたように今回も前作「ジーニアス・パーティ」同様、はっきり言っておもしろくはなかった。
中でもラストの「次元爆弾」は最悪で、視聴中に感じた苦痛や後味の悪さは「LIMIT CYCLE」を彷彿とさせる。
 
僕自身、前回の反省を生かして今回は5作品を1日ごとに分割して視聴してみた。
それも食事をしながらだったり、寝そべって鼻くそをほじりながらだったり。あえて日常に溶け込む状況を作り出すというか、なるべく作品だけに集中しないように。できる限り「たまたま見つけた」“偶然”感を演出した次第である。
 
そこまで万全のコンディション()で臨んだ「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」だったが、残念ながら成功にはほど遠い。仮に三度目の正直があったとしても、さすがに手を出そうとは思わないのが本音である。
 
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とは言え、前作に比べれば多少はマシになっていたことも確か。
表題の通りなのだが、制作者の間で「ジーニアス・パーティ」仕様のルールができつつあるのかなと。
 
最初に申し上げたように“制約ゼロ”という独りよがりルールが悪手であることは誰の目にも明らかである。各々が思いつくままに好き勝手な方向に進むと、どこの誰向けなのかもわからないとっ散らかった作品集が完成する。
もっとも大事な“かじ取り”を一切放棄した結果が前作の悲惨さである。
 
それに対し、今作「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」では5人の監督の間で薄っすらながらも共通のルールが存在していたように思う。
 
・主人公は人間であること
・セリフがあること
・ストーリーに筋が通っていること
 
ラストの「次元爆弾」にストーリーがあったと言えるかは微妙なところだが、少なくとも登場キャラには頭と胴体があり、手足が2本ずつ生えていて2本足で歩く。一応“人間”と呼んでも差し支えはない。
 
植物か動物かもわからない、意味不明な物体がBGMに合わせてニョロニョロ動くだけのイメージ動画や、おっさんのウザい語りと幾何学模様が流れる様子を延々と見せられるような地獄は今作には存在しない。
 
これがプロデューサー側の指示なのか、制作陣の判断なのかは定かではないが、多少なりとも視聴者に歩み寄る姿勢が見られたのはよかった。
 

回数を重ねるごとに洗練される。このシリーズもいい方向に向かう可能性があった? かも?

実際、こういうのは自然発生的に起こるものだったりする。
 
格闘技イベントのUFCでも、創世記の頃はさまざまな競技から選手が集まるごちゃまぜ感満載な異種格闘技戦の様相を呈していた。
だが、回数を重ねるうちに徐々に“UFC仕様”のファイトスタイルが構築され、250回を超えた現在では完全に“MMA”という一つの競技体系が確立されている。
 
また漫才頂上決戦「M-1グランプリ」も、2001年の開始当初に比べて大会の運営方針や大会の流れはほぼ固定されている。創始者の島田紳助氏も言っていたが、回を重ねるにつれて出演者側も“M-1仕様”の漫才を作り上げていくのだそう。
 
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いわゆるこれが“洗練されていく”というヤツなのだが、今作「ジーニアス・パーティ・ビヨンド」を観ると、どうやらこのシリーズにも同様の現象が起きつつあったのだろうと。
 
そう考えると、さらに回数を重ねればよりいい方向に向かう可能性もあったのかもしれない。ひょっとしたらエンタメ性とアート性のバランスの取れた傑作が生まれていた? かも
 
 
まあ、今となってはすべてが妄想でしかないわけですが。
 
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