映画「すばらしき世界」感想。役所広司がすごすぎて僕はいつの間にか三上正夫の人生を生きてたよ。「虎狼の血」とはひと味違う役所広司のジツリキに震えて眠れ笑

映画「すばらしき世界」感想。役所広司がすごすぎて僕はいつの間にか三上正夫の人生を生きてたよ。「虎狼の血」とはひと味違う役所広司のジツリキに震えて眠れ笑

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映画「すばらしき世界」を観た。
 
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「すばらしき世界」(2021年)
 
13年の刑期を終え、旭川刑務所から出所した三上正夫。
 
幼い頃に孤児院に預けられ、戦後の混乱もあって出生届すらなかった彼は少年時代からトラブル続きの生活を送っていた。
 
 
人生の約半分を刑務所で過ごしてきた三上も50歳を超え、今回が最後のチャンスととらえて人生のやり直しを決意する。
 
ところが生来の気の短さ、癇癪持ちの性格はそう簡単には変わらない。
身元引受人兼弁護士の庄司勉とともに生活保護の申請に市役所に出向くものの、過去に暴力団と関係があったことを指摘されて逆上。
 
また、スーパーでの買い物中に万引きを疑われたり、アパートの住人と揉めたりとトラブルが絶えない。
 
生活保護に後ろめたさを感じ、何とか定職に就こうと気を張る三上だが、前科者という経歴も影響してなかなか事態は好転せず。
 
 
そんな中、母親の捜索を依頼したテレビ局のディレクター・津乃田にも愛想を尽かされた三上はとうとう旧知の暴力団組長・下稲葉に電話をかけるのだった……。
 
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気になっていた「すばらしき世界」をWOWOWで視聴したら、改めて役所広司がすご過ぎた

佐木隆三著「身分帳」(1990年)を原作に西川美和監督、役所広司主演で映画化された「すばらしき世界」。
 
少し前に「孤狼の血」を観て役所広司の凄まじい演技力に度肝を抜かれたこともあり、これまた評判のいい今作も観てみたいと思っていたところ。
 
映画「孤狼の血」感想。8割役所広司で成り立つ作品。雰囲気重視の真木よう子も悪くないw 白石和彌監督っぽいなと思ったけどやっぱりそうだよね
 
だが、作品の存在を知ったときにはすでに劇場公開が終了しており、それ以降はすっかり忘れていた。
 
で、先日WOWOWで初O.A.されることを知り、ようやく視聴してみた次第である。


 

とんでもなくすげかった。想像を超えてすげかった。堪え性のない三上正夫に自分を投影してしまう

観終わった感想としては、すげかった。とんでもなくすげかった
いや、役所広司主演でこのストーリーならすごいに決まっているのだが、それをさらに超えてすげかった。
 
前回「『孤狼の血』は8割役所広司で成り立っている」と申し上げたが、今作もマジでそんな感じ。
「孤狼の血」の主人公・大上章吾はフィクション世界に存在するキャラクターとしての存在感を発揮していたが、今作の三上正夫はまた別物。自分を投影できる対象として凄まじいものがあった。
 
 
僕は孤児院に預けられたこともなければ14歳で少年院に入ったこともない。人生の半分を刑務所で過ごした三上とは比べ物にならないくらい平凡な人生を送っている。
だが、この人の世渡りの下手さ、まっすぐな性格ゆえの短気っぷりは共感できる部分が多い。
 
恐らくだが、僕を含めた多くの方が生きていく上で多少の我慢、自分を殺さなければならない場面に遭遇している。
 
このひと言を発してしまうと自分の立場が悪くなる。
今の生活水準を維持するには立ち止まっておいた方がいい。
単純に怖いし面倒だから見て見ぬふりをしよう。
などなど。
 
多かれ少なかれほとんどの方(僕も)が“今の自分”を守るために「不本意ながらも踏みとどまる」選択を経験していると想像する。
 
と同時に、抑えきれずに踏み出してしまったこともあるのではないか。
 
自分の立場が悪くなるひと言を「発してしまう」
生活水準を維持するために立ち止ま「れない」
面倒だから見て見ぬふりを「できなかった」
 
ここで堪えたら自分が自分ではなくなる。
これをやり過ごしたらこの先絶対に後悔する。
 
まっとうに生きるべき?
先を見据えて冷静になった方が賢い?
知るかよそんなもん。
 
自分のアイデンティティを保てない、絶対に譲れない場面に遭遇した際に後先考えずに突っ走ってしまった方はそれなりにいると思う。
客観的に考えれば損をするのはわかりきっているのだが、そういった諸々を超越した一手。自分の中にある“何となく大事なもの”を守るための開き直りというか。
 
今作の三上正夫はその部分における沸点がすこぶる低いせいで毎回ババを引いていしまうわけだが、それでも。
「しょーもねえなあコイツ」「いい年こいてここまで堪え性がないのはどうしようもねえだろ」と思う反面、初老と呼ばれる年齢になっても躊躇なくブチ切れるメンタルが羨ましくもある。
 
正解か不正解かで言えば完全に不正解。
カッコいいかカッコ悪いかで言えば、あまりカッコいいとも思わない。
 
ただ、すげえ。
三上正夫、すげえよお前。
上手く言えないけど、とにかくすげえ。
 
そんな感じである。
 
「日本で一番悪い奴ら」感想。骨太感とポップさのバランスが絶妙。これは観るべき映画じゃない? 綾野剛はやっぱり若いときの浅野忠信だよな
 

波乱万丈だけど共感できる三上正夫の人生。孤児院を外から覗くシーンはめちゃくちゃ既視感があったよね

そして、この三上正夫を演じきった役所広司のジツリキが……。
僕の貧弱な語彙では「すごい」以外の言葉が出てこないのだが、とりあえず僕のテンションが爆上がりなことだけは伝わればと思う。
 
何というか、いつの間にか三上正夫の人生を自分が生きている気になるんですよね。
 
上述の「孤狼の血」を含め、どれだけすごい作品であろうとどこか俯瞰で捉えている自分がいる。
大上というキャラクターは確かに強烈だが、それはあくまでフィクション世界でのこと。ストーリーに埋没しつつも脳みその何割かは「これは作り物」という事実を認識している。
 
 
だが、今作の三上正夫はちょっと違う。
 
教習所での無茶な運転を教官に呆れられたり、人生初のスマートフォンにはしゃいだり。
序盤は描写も大げさでそれなりにフィクション感もあったのだが、津乃田と喧嘩別れして以降は……。
 
白竜演じる旧知の暴力団組長・下稲葉宅でトラックを見かけた際の反応や、下稲葉の妻・マス子に極道界の現状を聞かされて戸惑う表情、その他。
“元囚人”という現実を突きつけられ、そこから逃げ出そうとするも、再び裏世界に戻ることへのためらい、未練も大きい。
後先考えずに行動し続けて落ちるところまで落ちた後悔と、社会に自分の居場所がないと知った諦めが入り混じった何とも言えない心情である。
 
 
また、孤児院でのサッカーのシーンなどはかなり印象的。
子どもの肩を抱いて泣き崩れる背中からは、母親の消息が絶たれた事実を懸命に消化する姿がありありと見てとれた。
 
僕自身、実家の近くに孤児院があり、実際にそこで暮らすクラスメートもいた。グランドで遊ぶ子どもたちを三上が門の外から施設を覗くシーンはかつての記憶を揺さぶられるくらいの既視感だった。
 

役所広司の演技力により、いつの間にかVRを通して三上正夫の人生を生きている気にすら…

さらに一度仲違いをした津乃田やスーパーの店長・松本と再び通じ合う流れも秀逸。
 
調子に乗った自分を諭してくれた松本、言いにくいことをズバッと指摘してくれた津乃田。
歳を重ねるにつれて厳しい言葉をかけられる機会は少なくなるが、少なくとも三上にはそれをしてくれる人間がいた。最後まで見捨てず表の世界に引き留めてくれる人間がいた。
その言葉を出させるだけの魅力が三上本人にあった。
 
ようやくスタートラインに立ち、それをみんなが喜んでくれる。
世知辛いと思っていた世の中がそこまで捨てたもんじゃないとわかった瞬間。
 
「雨降って地固まる」ではないが、ああいう“野郎同士の友情”みたいなものはいつの時代も不変だなと思わされる。
 
ここまでくるともはや他人事ではない。
三上正夫を完全に自分に投影しているというか、VRを通して三上の人生を自分が生きている気さえしてくる。
 
ああ、僕にもこういうことがあったよね。みたいな。
 
 
もちろん看守と口論になりかけた導入部分や、市役所での瞬間湯沸かし器のようなリアクション等、三上の人間像を象徴する小ネタが効果的だったことも理解している。
 
それでも三上正夫というキャラクターに現実感を持たせ、人生を疑似体験させるくらいにまでに昇華させたのは役所広司の演技力あってのもの。
 
役所広司がこんなにすごい俳優であるにもかかわらず、それをほとんど知らなかった自分を大いに恥じたい笑
 
 
話の流れは綾野剛主演の「ヤクザと家族 The Family」(2021年)とほぼ同じなんですけどね。
 
あの作品はいろいろなところをいっちょかみした結果、とっ散らかったうすうすの内容になり果ててしまったが、今作は三上正夫と津乃田龍太郎に絞ってスポットを当てたおかげで濃度が段違い。120分という制約の中での取捨選択、割り切りを含めて問答無用の「すばらしき世界」だった。
 
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ラストは「これしかないだろうな」というものだった。三上が三上であることを止めた瞬間、この世との根絶を感じさせた

表題の通りなのだが、今作のラストは「これしかないだろうな」というものだった。
 
 
紆余曲折の末に就職が決まり、真新しい自転車をプレゼントされた三上は人生で初めて前向きに歯車が回り始めたことを感じる。
 
仕事も徐々に覚え、近所づきあいも悪くない。
別れた奥さんから連絡をもらい、娘と3人でのデートの約束を取り付ける。
 
求めては跳ね返されてきた“平凡で充実した日々”をようやく手に入れた三上は、今日も自転車にまたがり職場に向かう……。
 
 
まあ、これで終わるはずはないですよね。
このままハッピーエンドを迎えるようなら、そもそも今作は誕生していないわけで。
 
どういうラストになるのかなぁと思っていたところ……。
 
仕事中、複数人で1人の同僚をいびる行為を見てしまった三上は、そばにあったモップで彼らを滅多打ちに……することを思いとどまる。
 
それを嬉々として報告する彼らに「三上さんもそう思うでしょ?」と聞かれ、思わず立ち上がって拳を振り上げ……ることはせずに「そうですね」とヘラヘラしながら答える。
 
「ああはいはい、そっちね」と。
 
 
・仕事中に三上がブチ切れて職場をめちゃくちゃにする→元の木阿弥に戻る
・津乃田や庄司に諭された通り明日を見据えて耐え忍ぶ→発作が出て突然亡くなる
 
着地地点はこのどちらかしかないと思っていたのだが、なるほど、今回は後者だったわけね。
 
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瞬間湯沸かし器のような性格が災いして長い刑務所を送った三上だが、最後の最後で“我慢すること”を覚えた。
 
だが、あそこで自分を抑えてしまっては三上が三上でなくなる
いわゆる上述した「ここで堪えたら自分が自分ではなくなる」「絶対に譲れない状況」というヤツ。
 
つまり、三上は超えてはいけない一線を踏み超えてしまった。
その瞬間、着地地点はあそこ以外に考えられなくなった。
 
一連のシーンは原作のラストから逆算したものだと想像するが、とにかく三上自身が三上正夫であることを止めた時点でこの世とのつながりが切れたと言っていいのではないか。
 
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今作は三上正夫の人生を疑似体験させてくれる作品だと申し上げたが、ラストのオチに限っては思いっきり俯瞰で観ていたことを報告しておく。
 
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