「NOMAD メガロボクス2」感想。当事者的な感覚を持ちにくいせいで芯に刺さらない。あくまでストーリーを楽しむエンタメ作品だよね

「NOMAD メガロボクス2」感想。当事者的な感覚を持ちにくいせいで芯に刺さらない。あくまでストーリーを楽しむエンタメ作品だよね

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アニメ「NOMAD メガロボクス2」を観た。
 
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「NOMAD メガロボクス2」(2021年)
 
肉体とギアを融合させた究極の格闘技“メガロボクス”。その頂点を決める大会「メガロニア」の第1回大会にすい星のごとく現れ、奇跡の優勝を果たした男がいた。
男の名は“ギアレス・ジョー”。あえてギアを装着せずに生身の身体でリングに上がり、立ちふさがる猛者たちを次々に撃破する。その姿は人々を熱狂に巻き込んだ。
 
 
それから7年。
いつの間にか表舞台から姿を消した“ギアレス・ジョー”は、再び地下のリングに戻っていた。名を“ノマド”と変え、ボロボロの身体にギアをまとい、ドサ回りのボクサーとして日銭を稼ぐ日々を送っているのだった。
 
 
ある日の試合後、ジョーは寂れたモーテルで一人、酒に溺れていた。
その視線の先には、かつて師と仰いだ南部贋作の姿が……。
 
「うるせえ! 黙れよ!!」
落ちぶれた自分を笑う師の幻覚を振り払い、ジョーはモーテルを出る……。
 
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「NOMAD メガロボクス 2」まあまあだった。でも、これは「あしたのジョー」ではないよね。チャラさとオサレ感満載のエンタメ作品

「あしたのジョー」連載50周年記念作品として2018年に放映されたアニメ「メガロボクス」。今回、その続編が約3年ぶりにスタートするとのことで、僕もそれなりに楽しみにしていた次第である。
 
で、先日第1話のO.A.を視聴したわけだが……。
 
率直な感想としては、まあまあだった
僕は前作のシリーズ1もぼちぼちおもしろいと思った人間で、今作も比較的好意的に受け止めている。
 
 
前作については、
「ギアの設定がしょーもない」
「バトルシーンがヌルい」
「ストーリーがダメダメ」
等の批判も多々見られたが、正直それは仕方ない。
青春時代の思い出は美化されやすい上に、読者の心に鮮烈な印象を残すだけの輝きが「あしたのジョー」にはあった。
 
「連載50周年記念作品」と銘打ったのだから、ネガティブな感想はある程度許容するしかない。
 
恐らくだが、今作の制作陣も賛否両論巻き起こることを想定した上で臨んでいたのだろうと。
 
 
ただ、以前にも申し上げたように僕の中での「メガロボクス」は「あしたのジョー」ではない。
登場人物やあらすじは「あしたのジョー」が基本となっているが、作品が発する空気感や全体の印象はまったくの別物。
どちらかと言えば「サムライチャンプルー」や「カウボーイビバップ」の方が近いと言える。
 
アニメ「メガロボクス」はあしたのジョーというよりサムライチャンプルーだよな? 主人公もモジャモジャ頭だし
 
そして、第2期を迎えた今でもその印象は変わらず。
トーンが一段と暗くなり、一見すると“硬派”“骨太”さが増したように思えるが、実際にはそんなことはない。
よくも悪くも“気取ったチャラさとオサレ感に満ちたエンタメ作品”というのが僕の中での「メガロボクス」の位置づけである。
 

当事者感覚を持ちにくいんだろうな。別世界で進行する出来事を俯瞰で見せられているというか

要するに、この作品には当事者的な感覚を持ちにくいのだと思う。
 
「あしたのジョー」が連載されていた1960~70年代は団塊ジュニア世代が誕生し、戦後2度目のベビーブームが訪れた時代。いわゆる高度成長期と言われる時期と重なっている。と同時に、仕事を求める日雇い労働者が全国各地の寄せ場に集まる光景が日常茶飯事となっていた時期でもある。
 
「あしたのジョー」の舞台である山谷もその代表的な地域で、寄せ場の周辺には日雇い労働者が宿泊する安宿が建ち並んでいた。
 
つまり「あしたのジョー」の世界は当時の日本で実際に起きていた出来事であり、風景描写や登場人物からは等身大のリアリティを感じることができる。そのおかげで読者側も“物語の当事者”として作品を受け入れることができたのではないか。
 
一方、今作「メガロボクス」はその部分におけるリアリティがいまいち足りていない。
 
酒やドラッグに溺れた主人公、非合法な地下ボクシング、訳ありの人間が集まる酒場その他諸々。
硬派かつアウトローな雰囲気を全面に押し出そうとしているのは理解できるが、正直リアリティとはほど遠い。あくまで別世界で起きた出来事を俯瞰で見せられている印象が強く、「あしたのジョー」のような当事者感覚を得るのは難しい。
 
 
「あしたのジョー」で描かれる“ドヤ街”の世界は貧しく厳しい。
だが、決して荒んでいるわけではない。
 
登場人物の生活も決して豊かとは言えず、家庭環境が複雑な子どもも多い。だが、彼らは自らが置かれた状況を受け入れそれなりに日々を楽しんでいる。
「メガロボクス」のように人生を諦めた投げやり感とは違う、あっけらかんとした明るさが存在するのである。
 
「メガロボクス」の醸し出す雰囲気は確かに硬派でアウトローだが、現実味は薄い
もちろんそれが悪いとは言わないし、2話以降のストーリーがおもしろくなりそうな予感もする。
 
だがリアルの自分、人生と重なる部分が少ないせいでいまいち芯に刺さるものがない。
 
それが上述した“よくも悪くも気取ったチャラさとオサレ感”であり、僕が今作を「サムライチャンプルー」や「カウボーイビバップ」に近いと思う理由にもなっている。
 
 
場末の酒場に流しのギター弾きがいたり、猛吹雪の中をバイク(ノーヘル)で爆走している最中に目の前に狼が立ちふさがったり。そもそも論として、そんなものを自分の人生に重ね合わせろという方が難しいわけで。
 
どう考えてもチャラいでしょとしか言いようがないのである笑
 
映画「ヤクザと家族 The Family」感想。脚本が「龍が如く」過ぎんだろ。オリジナル(?)の登場人物に魅力がなくて薄っぺらい作品だった…
 

自分の人生に重ねるという意味では「異世界転生系」の方が刺さるんじゃない? 酒やドラッグに溺れた男が一発逆転を狙うストーリーよりも

そう考えると、2010年代前半から一気に増えた「異世界転生系」の方がリアリティを感じやすいのかもしれない。
 
先日たまたまアニメを視聴した「無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜」などはその典型である。
 
34歳、無職の実家暮らし、童貞、100kgオーバーのデブというダメダメな主人公が交通事故をきっかけに異世界に転生→人生をやり直すというものだが、少なくとも酒とドラッグに溺れた男が拳一つでスラム街から抜け出す物語に比べれば刺さる人ははるかに多いのではないか。
 
 
職歴のない34歳が今から人生を逆転するのは相当困難な上に、一度死んで異世界に転生するなどあまりにご都合主義過ぎる。
 
それでも「自分の人生に重ね合わせる」ことに焦点を当てれば、酒まみれ、ドラッグまみれの男が一発逆転を狙うハードボイルドよりも想像は膨らませやすい(気がする)。
 
まあ、転生前の主人公の声を杉田智和さんが担当していたせいで、どれだけがんばっても坂田銀時のビジュアルがチラついたことは内緒だがww
 
銀魂 THE FINAL感想。やっちまったなぁ。普通でよかったのに「銀魂らしさ」の呪縛にガッチガチで身動きできなくなってるw
 
「あしたのジョー」は作風と時代背景が絶妙なバランスでマッチした結果、歴史に残る名作に昇華することができた。
 
だが、今作「メガロボクス」は少し違う。
作品としては文句なしにおもしろいが、心臓を握り潰されるような苦しさ、物悲しさはない。
 
むしろその逆で、余計なことを考えずに頭を空っぽにして観るべきお気楽アニメ。
繰り返しになるが、今作はあくまで別世界の出来事として楽しむための“オサレで気取ったエンターテイメント作品”である。
 
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