「迷子になった拳」感想。格闘技をやってて「健康ガー、安全ガー」ばっかり連呼してんじゃねえよってね。今回は“当たり”のドキュメンタリーを引いたな
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映画「迷子になった拳」を観た。
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「迷子になった拳」(2020年)
ミャンマーの伝統国技「ラウェイ」。
拳に巻くのはバンテージのみ。肘、頭突き、後頭部への攻撃その他、禁じ手とされる攻撃のほとんどが許され判定決着はなし。勝敗はKOのみによってつけられる。
また最後まで立っていれば、両者とも“勇者”として讃えられる。
この「地球上で最も過激な格闘技」と称される「ラウェイ」に挑戦する日本人がいた。
彼の名は金子大輝。
学生時代は体操選手を志したが、怪我によって断念しキックボクサーに転身した経歴の持ち主。
自身を「団体行動ができない人間」と評し、「ラウェイ」への挑戦理由を「自分がこれだと思えるものを探すため」と答える。
日本でのデビュー戦を経て単身ミャンマーの名門ジムに入会した金子は、そこで地元の英雄トゥン・ミン・ラットと出会い兄弟弟子以上の関係となる。
そして現地での連勝を手土産に、ラウェイの最強戦士トゥン・トゥン・ミンを下したルクク・ダリとの階級差マッチに挑むのだった……。
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「迷子になった拳」なかなかよかった。2019年の「破天荒ボクサー」がダメダメだったから、格闘技系のドキュメンタリーは腰が重かったけど
2020年暮れ頃から一部で話題になっていた「迷子になった拳」。
常々気になっていたのだが、先日イオンシネマで上映していることを知りさっそく足を運んできた次第である。
率直な感想としては、なかなかよかった。
同じ格闘技系のドキュメンタリーで思い出すのは2019年「破天荒ボクサー」だが、残念ながらあの映画はまったくダメダメだった。
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フリーランスボクサー山口賢一の活動を追う中で日本ボクシング界の矛盾点、闇を表面化させていく流れになっているのだが、とにかく「山口賢一=正義、日本ボクシング界=悪」の結論ありきが行きすぎていていっさい乗れず。
題材としては中立な視点が必須だと思うのだが、実際はその逆。監督と山口賢一が単なる友達でしかなく、ボクシング界側からの視点、考察は皆無という。
だったら山口賢一の人間性を深く掘り下げればいいじゃねえかという話なのだが、恐らくそういう“披露宴の紹介VTR”のような内容にするのは本人たちのプライドが許さなかったのだろうと。
で、下手に「巨大組織に挑む俺カッケー」をやったおかげでクッソ寒い結果に。
その点、今作は取材対象との距離感が抜群だった。
目の前で起きた出来事を比較的淡々と伝え、その中に製作者の意見を挟み込む。
「『自分は戦えているのか?』と悩んでいた時期に目にした彼らの姿はひときわ輝いて見えた」
「体重差があっても試合を受けたのであれば、試合後にそれを口にするのは違うんじゃない?」
単なる映像の垂れ流しだけでなく、視聴者の思いを代弁するバランサーとしての役割をうまく担っていた。
本来、ドキュメンタリーにおいて取材対象との距離感が重要なのは当然なのかもしれないが、内輪のワイワイが酷すぎた「破天荒ボクサー」を観ていだだけに、一歩引いた今作のスタンスはかなり好感度が高かった。
“とことんまでやる”「ラウェイ」のスタンスには共感できた。格闘技を生業にしておいて「健康ガー、安全ガー」ばかり連呼するのもね…
また「ラウェイ」という競技のエキセントリックさもなかなかそそるものがあった。
・後頭部への攻撃OK
・延髄への攻撃OK
・肘、膝攻撃OK
・頭突きOK
・投げ技OK
・バックハンドブローOK
・故意でなければ金的でも可
といった過激なルール。
前半部分でレフェリー数人がラウェイのレフェリングについて話すシーンがあったのだが、まあすごい。
「肘も頭突きもOKだし、金的もわざとじゃなければアリ」
「真正面から狙って蹴るのはダメだけど、インローや前蹴りがたまたま当たるのはいい」
「カウントも通常の倍の長さ」
「ワン、ツー、スリーではなく、ワン………ツー………スリー………みたいな」
「たぶん20カウントくらいあるよね笑」
「要するにアレだよね。死ぬまでやれってことだよね笑」
「そうそう、そういうこと笑」
「でも、ここは日本だからそこまではやらないようにしてる」
僕自身、これだけ過激なものをわざわざ現地観戦しようとは思わないが、“とことんまでやる”ラウェイのスタンスには共感できる部分もある。
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近年格闘技は安全面が重要視されるようになっており、レフェリーのストップもどんどん早くなっている。
2021年4月3日に行われたボクシングの世界戦、岩佐亮佑vsムロジョン・アフマダリエフ戦でも早めのレフェリーストップに対する議論が起きていたが、アレなどはその典型である。
と同時に、個人的に少々やりすぎな気がしないでもない。
あの試合の後に「アレを早いと言う人間なんかいたの?」「早いストップなんかこの世にない!!」とSNS等で発言する現役選手や元選手、関係者を多数見かけたが、いや待てと。
安全性は大事に決まっているし、選手が健康体でリングを降りることを優先するのは絶対的に正しいとも思う。
だが「ストップが早い!」とファンが口走ることすら罪悪感を感じる状況はさすがにどうなのよ? と。
作中で金子大輝が現地の試合で快勝した際、ラウェイの重鎮のような方(日本人)が「金子大輝、ホンモノになりつつあるね!!」とイっちゃった表情でまくしたてていたが、ああいう高揚感こそ格闘技の醍醐味だと僕などは思うのだが。
すごいと思えるものを素直に「すごい」と言う。
何じゃそりゃと思うものをそのまま「何じゃそりゃ」と言う。
瞬間、瞬間の高まりで思わず発した言葉さえも否定されるのであれば、いったいそれの何がおもしろいの?
そんなに危険なら、いっそのこと格闘技なんぞやめちまえと思わないでもない。
そもそも論として、格闘技を生業にしておいて「健康ガー、安全ガー」ばっかり連呼しててどうすんの? という思いも少しだけあったりする。
もちろん僕が正しいなどと言うつもりはないし、反対意見が山ほどあるだろうことも承知しているが。
金子大輝と渡慶次幸平の対比がいい味を出している。ラウェイに触れた時期、年齢、性格その他。絶望した金子と居場所を見つけた渡慶次
今作は上述の金子大輝とともに、中盤からは渡慶次幸平を中心にドキュメンタリーが展開していく。
そして、この2人の対比が何ともいい味を出しているのである。
体操で挫折しキックボクサーに転向したものの、いまいち突き抜けられない中でラウェイと出会った金子大輝。
ちょうどラウェイの日本進出初期とも重なっていて、金子は環境を求めて日本とミャンマーを行き来しながら練習、試合を重ねていく。
一方、渡慶次幸平は一度は引退していたものの、30歳までに格闘技一本で生活できなければきっぱり辞めると決意してラウェイでの現役復帰に踏み切る。
金子大輝のラウェイ参戦からは2年弱のタイムラグがある。
その金子大輝はルクク・ダリとの体重差マッチが現地で大問題になったり、兄弟弟子のトゥン・ミン・ラットvs渡慶次幸平戦の契約体重が不公平だったことに不満を爆発させたり、恋人とのいざこざでミャンマー警察に逮捕されたり。さまざまな紆余曲折を経て結局ラウェイを離れることになる。
対する渡慶次幸平は参戦初期の連敗後は徐々にラウェイに適応し、2018年にはついに王者になるまでに成長。で、現在はミャンマーに学校を設立する活動にも従事しているとのこと。
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ミャンマーと日本を行き来しながら現地で兄弟弟子と出会いながらも、最後はラウェイから離れてしまった金子大輝と、引退を撤回してラウェイに参戦、「競技と興行のバランスが最高」と発言して頭角を表した渡慶次幸平。
両者の違いは、彼らがラウェイに触れた時期とその時点での年齢が大きく関係しているのだと思う。
23歳でラウェイに出会い、現地の空気に触れたことでラウェイに深くのめりこんでいった金子大輝。
恐らくだが、ラウェイの日本進出草創期をモロに体験したことによって“興行と競技性”という格闘技界が長年抱える課題にダイレクトに直面したのではないか。
まだまだ人生経験も少なく自分の中で消化しきれない部分もあったはずで、日本でラウェイを続けることに絶望してしまったのだろうと。
その点、渡慶次幸平は一味違う。
一度引退していたこともあり、格闘技界の矛盾やジレンマもある程度受け入れた上での復帰だったはず。
しかも金子大輝が体重差マッチで絶望したのに対し、渡慶次幸平は自分都合で契約体重を急遽変更するなど運営側のヌルさに助けられた選手でもある。
「自分探し」の真っ最中だった金子と違い、奥さんや子どもがいたことでよくも悪くも割り切りができていただろうし、結果的にラウェイを通じて自らの居場所を確立することにも成功した。あらゆる面で“後発の特権”を享受した選手という気がする。
ルクク・ダリとの体重差マッチは余計だったよな。金子大輝には社会不適合者代表としてがんばってもらいたい
ただ、改めて金子大輝vsルクク・ダリの体重差マッチは余計だったとは思う。
“世界で最も過酷な格闘技”ミャンマーラウェイで金子とダリが対決!キックボクシング『ZONE6』5月21日(日)開催 https://t.co/Al2GN8ZrhU pic.twitter.com/gJ7xAmS4lu
— PR TIMESスポーツ (@PRTIMES_SPORTS) May 10, 2017
英雄トゥン・トゥン・ミンが負けたといっても舞台は巌流島だし、無理に敵討ちをするような話でもない。
同じ体重差マッチで言えば2018年末のRIZINでの那須川天心vsフロイド・メイウェザー戦が思い浮かぶが、あの試合はあくまで相手がメイウェザーだったから意味があったわけで。
MMA畑のルクク・ダリに挑戦したところでそこまで賞賛されるとは思えない上に、現地からは「ラウェイを冒涜した」とまで言われてしまう結果に。
作中「金子大輝は焦っているように見える」というナレーションがあったが、要するにそういうことなのだろうと。
映画「BLUE」感想。後楽園ホールの試合シーンがリアル過ぎて最高に不愉快。あと、やっぱり俳優のスキャンダルってマイナスだよな
まあでも、金子大輝には成功してもらいたい思いは強い。
今作や下記のインタビューを見れば、この選手が人付き合いが下手で不器用な社会不適合者であることは明白。
「地球で最も危険」な格闘技、AV監督の経験で撮った 『迷子になった拳』今田監督https://t.co/op3XIYbM5i
— Asahi Shimbun GLOBE+ (@asahi_globe) March 26, 2021
スポット的にラウェイに参戦して王座戴冠を果たした浜本“キャット”雄大がその直後にRIZINでの那須川天心戦にこぎつけたことを考えると、金子大輝ももう少しうまく立ち回れたのでは? と思わないでもない。
まあ、この要領の悪さも金子大輝の魅力でもあるわけで。
そういう社会に馴染めない人間が一発逆転を狙えるのも個人競技のいいところだと思っているので、どうにかK-1での初勝利を目指してがんばっていただければと思う。
ちなみにルクク・ダリ戦直後に金子大輝の母親が金子に言い放った「(格闘技界は)おかしな人ばっかりだし!!」というひと言は、今作における最高の名言だと断言できるww
いや、マジでそうなのよ。
格闘技界がおかしな人間だらけなのは一度現地に行けばすぐにわかりますからね。
申し上げたようにプレイヤーは社会不適合者でいい。
だが、そういう人間が引退後に運営側に回るのがアカンのだろうと。
そして、ああいう人間に振り回される息子を目の当たりにする母親の気持ちというのは、冗談抜きで想像を絶するものがある。
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