「言の葉の庭」感想。欲望むき出しのどストレートな願望全開具現化アニメ。サンキュー新海誠。それでこそ俺たちの代弁者()

「言の葉の庭」感想。欲望むき出しのどストレートな願望全開具現化アニメ。サンキュー新海誠。それでこそ俺たちの代弁者()

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アニメ映画「言の葉の庭」を観た。
 
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「言の葉の庭」(2013年)
 
靴職人を目指すタカオは高校1年生の15歳。雨の日の1限だけは授業をさぼり、庭園で靴のデザインを考えることを日課としていた。
 
ある雨の日。
タカオがいつも通り庭園のベンチに行くと、そこには見知らぬ女性が。しかも午前中からビールを飲んでいるのである。
 
その異様な姿をいぶかしげに思いながらも、タカオは靴のデザインに没頭する。
 
 
数日後の雨の日も庭園を訪れたタカオは、女性の存在を気にしながらも一心不乱に鉛筆を動かす。だが次の瞬間、手から消しゴムがこぼれ落ちてしまう。
 
消しゴムは女性の足元に転がり、それを目で追うタカオ。
すると女性はビールを飲む手を止め、おもむろに立ち上がって消しゴムをタカオに手渡すのであった。
 
「ありがとうございます」
彼女にお礼を言いつつ、その顔に見覚えがあるような気がしたタカオはどこかで会ったことがあるかと尋ねる。だが、彼女は静かにそれを否定し、傘を広げてタカオに背を向ける。
 
「鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか きみを留めむ」
彼女の持つミステリアスな雰囲気や、去り際に口にした短歌が妙に印象に残ったタカオは、心のどこかで次の雨の日を待ち望むのだが……。
 
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「言の葉の庭」は新海誠の「初めての“恋”の物語」なんだって。内容も単純だし短くてとっつきやすい

2013年に公開され、新海誠の「初めての“恋”の物語」と銘打たれた「言の葉の庭」
全編46分の短い上映時間+入場料1000円均一という条件ながらも公開3日で3000万円の興行収入を記録したヒット作である。
 
僕はこの作品を観たのは2回目で、最初に観たのは確か2年ほど前。何となく時間が空いたときにボーっと観てみたのだが、今回もWOWOWでO.A.されているのをたまたま見つけて再視聴してみた次第である。
 
 
靴職人を目指す高校生と、職場でいじめにあって心を病んだ女性がとある庭園で偶然出会うところから物語はスタートする。
 
高校生の少年タカオは女性の姿に未知の“大人の世界”を感じ、同時にそれが夢に向けての一歩を踏み出すための重要な出会いとなっていく。
一方、心が壊れて身動きが取れなくなった女性ユキノは、純粋でまっすぐな15歳の少年と接することで癒しと救いを感じる。
 
いつしかお互いがお互いを必要とし、口には出さないが、その関係がずっと続けばいいと願うようになり……。
 
 
申し上げたように今作は全編46分と時間も短く、内容も単純で非常にとっつきやすい。
 
「靴」を題材としたのも“前を向いて歩く”“立ち止まって休む”的なニュアンスを表現するためだと想像するが、面倒くさい比喩やややこしい精神世界的な描写がないのがいい。
 
先日視聴した「鉄コン筋クリート」などは主人公が精神世界に迷い込むパートが長くてウンザリさせられたが、ああいう「俺って頭いいんだぜ」的なイキり倒した作品に比べれば、今作ははるかにスッキリした構成となっている。
 
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新海誠をよく知らない僕のような人間でも、気楽に踏み込むことができる初級編の作品と言えるのではないか。
 

「言の葉の庭」は新海誠の学生時代の願望、欲望、趣味趣向をそのまま具現化した作品。彼こそが我々モテない側の人間の代弁者()

などと言っているが……。
率直に申し上げて、僕は原作者の欲望をここまでストレートに詰め込んだ作品に出会ったことがない。
 
表題の通りなのだが、今作「言の葉の庭」は新海誠が学生時代に抱いていた願望、欲望、趣味趣向、その他諸々をそのまま具現化したものである。
 
今作のレビュー等を漁ってみると、「映像が美しい」を筆頭に「新海誠作品の中で一番好き」「純粋さに涙が止まらない」など、おおむね好意的な意見が目につく。
中には否定的な感想もあったが、全体を通して見れば5点満点中3.5〜4点前後の高評価が並ぶ。
 
これが何を意味するかというと、要するにみんな“こういうの”が好きなのである。
学生時代に抱いた淡い妄想、理想の○○を新海誠が代わりに映像化してくれた。そのことに多くの人間が共感し、留飲を下げたということ。
 
「自分は間違ってなかった」
「俺はこういうのが欲しかったんだよ」
「あの頃は誰にも言えなかったけど」
 
口では「けっ、こんなことあってたまるかよ」「現実にこんなヤツがいたらマジで寒い」と強がりつつ、心の奥底では誰もが「言の葉の庭」を求めていた。
 
つまり、新海誠は我々モテない側の人間にとっての偉大なる代弁者なのである()
 
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妄想はベタこそ大正義。客観的に見ればイタいアラサー女だけど、それが“理想の年上女性”像

マジな話、学生時代の願望、欲望をここまで忠実に具現化した新海誠は素直にすごい。普通なら妙なプライドが邪魔して躊躇してもおかしくないところが、今作ではそのボーダーラインをあっさりと踏み越えてくる。
 
この清々しさ、潔さは問答無用でリスペクトに値するし、ある意味カッコいいとも思わせる。
それほど今作「言の葉の庭」は、商業アニメ史上類を見ないレベルで作者の欲望がむき出しになった作品と断言できる。
 
いや、だってそうでしょ。
 
・学校をさぼった先で偶然の出会い
・ミステリアスな年上の女性
・悩める女の人を自分の言葉で救いたい
・手作りのプレゼントで喜ばせたい
・女性教師との秘密の関係
・彼女をいじめた相手に殴り込み
・返り討ちにあって彼女に心配される
・ケガの理由を気取ったセリフでごまかす
・年上女性の部屋で料理を作ってあげる
・窓際で片膝を立てた姿勢で告白
・雨の降りしきる踊り場で後ろから呼び止められる
・大泣きする彼女を抱きしめる
・将来の再開を誓って遠距離恋愛
 
こんなもん、我々モテない側の人間があの頃抱いた妄想を全部詰め込んだごった煮じゃないっすか。
 
学生時代はとりあえず年上女性に憧れるし、若い女性教師はもっとも身近な対象として最適。
授業をさぼって偶然出会った相手が年上の女性で、しかもそれが自分が通う学校の女性教師。その人と誰にも知られてはいけない秘密の関係を築くなんて、どんだけ理想を追い求めれば気が済むんだよという話。
 
 
階段の踊り場でユキノがタカオに抱き着くシーンなどは、もしかしたら「こんなベタな展開、クソだろ」とおっしゃる方もいるかもしれない。もう少しひねりの効いた結末を用意しろと思うのが“健全な”感想なのかも……。
 
ただ、そうじゃない。
 
モテない男の妄想はベタこそが大正義。
一回り年下のガキの優しさにすがる、客観的に見ればややイタいアラサー女。あれこそがかつて我々が妄想した“理想の年上女性”そのものなのである。
 
今作が多くの方に好意的に受け入れられていることからも、それははっきりしている。
 
 
ちなみにだが、僕自身は学生時代に授業をさぼって偶然の出会いを果たしたこともあるし、女性教師といい仲になったこともある。好きな女の子を泣かせた相手をぶん殴りに行ったことも、降りしきる雨の中でその子を強く抱きしめたこともある。
 
妄想の中で。
 
 
だからアレやで。
 
世の中のみなさんは、自分が気色悪い人間だとか思わなくてもええんやで。
なぜなら世の中には自分と似たような人間が結構いるから。
世界は割と捨てたもんじゃないから。
 
それを教えてくれた新海誠は、やはり我々モテない人間にとっての偉大な代弁者なのである。
 
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著名な原作者の初期作品は本当に興味深い。いつも言ってるけど花沢健吾はその典型だよね

しかし毎回思うのだが、著名な原作者の初期作品を観るのは本当に興味深い。
 
僕がことあるごとに引き合いに出している花沢健吾に関しては、デビュー作の「ルサンチマン」こそが最高傑作だと断言できる。出世作となった「アイアムアヒーロー」や「ボーイズ・オン・ザ・ラン」ではなく。
 
「ルサンチマン」を知っているか? 花沢健吾のデビュー作にして最高傑作。陰キャラぼっちの居場所は仮想現実世界(アンリアル)のみ
 
確かに「アイアムアヒーロー」や「ボーイズ・オン・ザ・ラン」は映画化、ドラマ化もされただけありとっつきやすさ、ストーリー展開も秀逸。いわゆる洗練/成熟された大衆向け作品である。
 
ただ、作者のむき出しの感情や勢い、具現化したかった“何か”については「ルサンチマン」には遠く及ばない。
「ルサンチマン」は後期の作品に比べて荒削りで洗練さも足りないが、真に迫る臨場感だけは別格のものがある。
 

新海誠は花沢健吾よりも狡猾。初期作品で自分の地位と評価、発言権を高め、満を辞して「言の葉の庭」を投下した

同様に今作「言の葉の庭」も、新海誠がもっとも表現したかったものが込められた作品と言える。
 
恐らく新海誠は花沢健吾よりも狡猾で、今作のために着々と準備を重ねてきたのだと思う。
 
初期作品はファンタジーものや短編集で聴衆の耳目を集めることを意識し、業界内での地位の地固めを図る。
 
2011年の「星を追う子ども」では、ジブリ作品にインスパイアされた作風で賛否両論を巻き起こし、次回作への注目度をさらに高いものに。
 
そして、すべての準備が整った段階でいよいよ自らの欲望、願望、その他すべてを具現化した「言の葉の庭」を投下。
ある程度のヒットが約束され、それなりに好き勝手が許される段階まで自らの評価を高めた上で、「初めて描く“恋”」の触れ込みで自分が一番表現したかったものに着手する流れである。
 
空前の大ヒットを記録した2016年「君の名は。」や2019年「天気の子」はSF要素を交えた大衆的な作品で、タイムリープや異世界へのワープなど、観客受けする要素もふんだんに散りばめられている。過去作品を参考に定番要素を使って世の中にうまく迎合し、見事に大ヒットを生み出してみせた。
 
上述の花沢健吾同様、知名度と期待感の高まりとともに本人の作風も洗練されていくというのは間違いなくある。
 
だが「言の葉の庭」におけるむき出しの欲望、学生時代の妄想の具現化という部分に関しては、よくも悪くも薄れていることも事実。
 
 
以前「天気の子」を観た際に「新海誠はガチの純粋な脳みそお花畑マン」と申し上げたが、今作「言の葉の庭」はそのすべてが集約された作品なのだろうと。
 
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ある意味、今作は本人にとっての原点であり、同時に一つのゴールとも呼べる作品だったのではないか。
 
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