「ルサンチマン」を知っているか? 花沢健吾のデビュー作にして最高傑作。陰キャラぼっちの居場所は仮想現実世界(アンリアル)のみ【感想・長文】

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「ルサンチマン」というマンガ作品をご存知だろうか。
 
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「ルサンチマン」(ビッグコミックスピリッツ 2004年3号~2005年12月号連載)
 
時は2015年。
零細印刷工場で働く坂本拓郎は、デブ、ハゲ、メガネ、歯槽膿漏持ちの29歳。独身実家住まいで、当然異性との交際経験はなし。
ボーナス支給後に行く風俗が唯一の楽しみという、絵にかいたような冴えない毎日を送っていた。
 
 
30歳の誕生日に旧友と飲んだ拓郎は、友人の越後大作がギャルゲーにハマり仕事まで辞めてしまったことを聞かされる。
 
一度は越後をバカにして笑い飛ばした拓郎だが、そのゲームの存在が気になって仕方ない。
飲み会の帰り道、拓郎は思いきって越後のアパートを訪れ、ハマったというゲームをプレイさせてもらう。
 
すると、驚くことにそこは想像をはるかに超えた世界。
高度なAIとプログラムによって、まるで現実と見間違えるほどのバーチャルが拓郎の目の前に広がっていた。
 
 
ただの現実逃避と自覚しつつ、その世界を羨ましく思う気持ちが止まらない拓郎。
翌日、貯金をはたいてパソコンとソフト一式を購入し、ついに仮想現実世界(アンリアル)に足を踏み入れるのだった……。
 
 
2004年から2005年までビッグコミックスピリッツで連載された青年マンガ。
「ボーイズ・オン・ザ・ラン」「アイアムアヒーロー」の作者花沢健吾のデビュー作である。
 
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「ルサンチマン」とかいう花沢健吾の最高傑作。連載当時、ちっとも話題にならないのが不思議で仕方なかった

先日、映画「アイアムアヒーロー」「ボーイズ・オン・ザ・ラン」についての感想をダラダラと語ったのだが、今回は原作者である花沢健吾のデビュー作「ルサンチマン」について。
 
「「ボーイズ・オン・ザ・ラン」を映画化してはダメだった理由。ドラマ版は最高だったのに、なんでこうなった?」
 
2016年に公開された「アイアムアヒーロー」が各所で賞を総なめにするなど、ここ最近、もっとも勢いのある漫画家の1人である花沢健吾。


前作の「ボーイズ・オン・ザ・ラン」も軒並み評価が高く、すでに大人気漫画家の仲間入りを果たしたと言っても過言ではない。
 
だが、スタート自体は決して順調だったわけではなく、デビュー作の「ルサンチマン」は連載当時ほとんど話題になることはなかった。
 
当然映像化などはされるわけもなく、それどころか、不人気による打ち切りという残念な結末をたどってしまった。
 
「映画「アイアムアヒーロー」の進撃の巨人感w 説明不足が却ってミステリアスな恐怖を生む。不条理のゾンビ大量破裂」
 
そんな「ルサンチマン」だが、個人的には花沢健吾の最高傑作だと思っている。
僕はリアルタイムで連載を読んでいたのだが、当時、どうしてこの作品が話題にすらならないのかが本気で謎だった。
 
とはいえ、連載終了からだいぶ経って聞いた話によると、どうやら一部のファンからは絶大な支持を得ていたとか。
 
いや、そりゃそうだろと。
むしろ、なぜ連載中にその声が聞こえてこなかったのか。
 
僕を含め、あの当時の発信力の弱さと手立てのなさがもどかしい。
 
仮に2017~2018年頃に連載がスタートしていれば、SNS等の影響でめちゃくちゃ評価されていたんじゃねえか? などと今さらながら妄想している。
 
「部落差別ねえ…。それより僕のブラック田舎あるあるを紹介。弱い世界じゃ強いだろうが強い世界じゃ下の下のゲットーww」
 

触れられたくない恥部を無遠慮にほじくり返してくる。作者の原点となる人物こそが主人公坂本拓郎

僕がこの「ルサンチマン」を評価する理由として、男の情けない部分、触れられたくない部分をクソほどさらけ出した作品だからというのがある。
 
多くの方が大なり小なり抱えているであろう黒歴史。
誰もができることなら消し去りたい、周りに見られたくない、知られたくない恥部を抱えて生活しているのではないかと想像する。
 
そういうザラついた襞の部分をグリグリとほじくり返し、無遠慮に白日の下に晒す。そんな描写がこの「ルサンチマン」には山ほど登場する。
 
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問答無用に自分の内側と対峙させられ、目を逸らすことも許されない。
恐らく作者自身を投影しているのだと思うが、むき出しの人物造形には微塵も躊躇がない。
 
30前後の冴えない男を描くのが花沢健吾の持ち味だと言われているが、本作の主人公坂本拓郎(通称たくろー)はまさにその原点となる人物である。
 

初登場で「モテない男たち」の代弁者となったたくろー。田西敏行も鈴木英雄も話にならないからなw

母親に起こされ、しぶしぶ布団から出るたくろー。
洗面所の鏡に写るのは、無精ひげを生やしたハゲでメガネのおっさんのどアップ。
30歳の誕生日を間近に控えるというのに、いまだ素人童貞な自分。その現実に打ちのめされ、爪を噛んで涙を浮かべる姿が痛々しい。
 
これが本作におけるたくろーの初登場シーンなのだが、どこをどう見ても主人公とは思えない風貌である。
 
そして、それがいい。
独身実家住まい、デブ、ハゲ、メガネ、歯槽膿漏持ち、ブルーカラー。しかも素人童貞の三十路。
こんなヤツを主人公に据えた時点で映像化などは不可能だし、女性支持を得る気もさらさらない。
 
この瞬間、たくろーは世の中の「モテない男たち」の代弁者となり、情けない自分を投影する存在へと昇華した。同時に「自分はここまで酷くない」と、読者にほんの少しの安心と優越感を与えるという二重構造が完成するのであるw
 
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「ボーイズ・オン・ザ・ラン」の田西敏行が冴えない男の象徴だって?
ハッ、笑わせんなよ。
 
髪の毛がある時点で勝ち組確定だし、腹が出てないとかマジであり得ない。
 
しかもコイツ、ボクシングで身体を鍛えたりするんだろ?
こういう努力をする時点で、モテない男の土俵に上がる資格すらないからな。
 
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「アイアムアヒーロー」の鈴木英雄に関してはさらに酷い。
クレー射撃が得意で漫画家としての実績もある。
 
恋人とは同棲中、たまたま知り合った女子高生とよろしくやりつつ、そこに武闘派の元ナースが加わる。
 
はあ?
片瀬那奈と長澤まさみと有村架純だ?
 
何だてめえww
単なるリア充じゃねえかww
 
「自分は世界のわき役」どころの話じゃない。
ハーレム万歳、モテモテ人生こんにちは。
世界の中心で愛を叫んでんじゃねえぞクソボケが。
 
こんなもん、立派に羨望と嫉妬と憎悪の対象ですよ。
 
 
映画公開時のインタビューで作者が言うには、主人公の人物像が徐々に自分の思い描いたものとは乖離しつつあるとのこと。


商業的なことを考えれば一般受けしやすい側に迎合するのはある程度は仕方ないが、僕が魅力を感じるのはやはり坂本拓郎のような洗練度ゼロのキャラ設計。
 
作品を重ねるごとに作風を大衆化させていくことは、果たして「洗練」「成長」なのか。
何とも言えないところだが、こういう初期の荒削りでストレートな躍動感はマジで捨てがたい。
 
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モテない男たちに残されたのは仮想現実世界(アンリアル)だけ。すべてを捨てても依存する価値がある


そして「ルサンチマン」の作者は、冴えない人生を送るたくろーに「依存場所」を用意する。
 
そこは仮想現実世界(アンリアル)と呼ばれるゲームの中に作られた空間。自分専用のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)は、無条件にプレイヤーに恋をしている。
 
 
いや、これがまた……。
 
モテない男の願望は叶えられ、日常に居場所がない非リアもここでは主役を張れる。
しかも、別売りのスーツさえ購入すればNPCとの肉体関係も可能になる。
 
まさに我々(?)の欲望をすべて満たしてくれる理想郷。
現実逃避には違いないが、依存してしまうのもやむを得ない。
 
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ゲームに魅入られそうになる自分を懸命に否定するたくろーに対し、
「現実を直視しろ。おれ達にはもう仮想現実しかないんだ」
と辛辣に言い放つ越後。
 
さらに、その言葉と対比するように、月子(NPC)はたくろーに
「おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」
と優しく問いかける。
 
実際、このシーンはちょっと胸にくるものがあった。
 
彼ら(非リア)にとっては仮想現実世界(アンリアル)こそがリアル。
居場所のない、敗北が確定した現実などはたやすく捨てられる。
 
負け続け、蔑まれ続けた彼らがやっと見つけた自分のアイデンティティ。それを否定する資格なんか誰にもない。
 
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誰にでもあるよね「自分だけの場所」。SNSに依存する人が増加してるらしいけど、そういうことですよ

まあ、ここまで極端ではなくても、誰もが少なからず「自分だけの場所」を持っているのだとは思う。
 
近年では「SNSに依存する人の増加」的な話も耳にするが、いわゆるそういうこと。
 
仕事や人間関係がうまくいかず、鬱屈とした毎日に心が荒む。
顔も名前もわからないオンライン上での交流で承認欲求を満たし、荒んだ心のバランスをとる。
 
根本部分では「ルサンチマン」における仮想現実世界(アンリアル)と何も変わらない。
 
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僕もTwitterでゴチャゴチャ言いながらテレビでスポーツ観戦するのが好きなのだが、それも依存と言われればそうなのかもしれない。
 
もっと言うと、あわよくば「都合のいい出会い」がどこかに転がっていないかと期待する? 気持ちもあったりなかったり。
でも、実際には「ガツガツするのはダサい」「ちょっとおっかない」という思いが邪魔をして、そういう場所に足を踏み入れる勇気はない。
 
だからお前は陰キャラのままなんだよって?
ああ、確かにその通り。
 
つまり、こういう微妙な心の揺らぎを包み隠さずさらけ出したのが花沢健吾の「ルサンチマン」。
繰り返しになるが、僕がこの作品を最高傑作だと思う理由がこれである。
 
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すでにたくろーにとって仮想現実世界(アンリアル)はリアルではないけど、月子にとっては相変わらずリアルのまま

ストーリーが進むにつれて、たくろーには現実世界で長尾まりあという恋人ができる
これにより、たくろーは仮想現実世界(アンリアル)と決別し、現実を生きることを決意する。
 
だが、仮想現実世界(アンリアル)に取り残された月子は、大好きなたくろーを奪われた怒りに震える。
そして、長尾からたくろーを取り戻すために……。
 
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月子に依存していたたくろーが目を覚まし、たくろーに依存していた月子は仮想現実世界(アンリアル)で居場所をなくす。
 
現実世界に居場所を見つけたたくろーには、もう仮想現実世界(アンリアル)は必要ない。
だが、月子にとっての仮想現実世界(アンリアル)は、今も変わらずリアルのまま。取り残された月子は、たくろーという依存場所を失った。
 
仮想現実世界(アンリアル)の自分より、現実世界の長尾まりあ。
そのリアルを突き付けられ、月子の中に「ルサンチマン」が芽生える
 
もうね、たまらんのですよww
 
「刃牙(バキ)シリーズかませ犬ランキング。愛すべき屍を晒したかませ犬たち。歴代トップ6(6位~2位)を発表するぞ」
 
ストーリー自体は行き当たりばったりだし、最後の方はだいぶ駆け足になっちゃったけど。
ホントに衝撃的なマンガだったんですよね。
 
 
さすがに我ながらキモいんで、この辺で止めますが。
 
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