連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」「貧困に喘ぐ女性の現実」に対する自己責任論者が一向に消えない件

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高層ビルイメージ
東洋経済オンラインで連載中の「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」に、下記の記事が掲載された。


取材対象は34歳の男性で、現在マンションなどの清掃員(アルバイト)として働いている方。
リーマンショックのあおりで就職内定を取り消され、その後はアルバイトや生活保護、“ネットカフェ難民”などを経験して現在に至るとのこと。
 
今の境遇に大きな不満はないが、ホームレスをしていた時期に税金を滞納したことで給与の差し押さえに遇い、手取りで13万円ほどしか残らない生活が続いているという。
 
とはいえ、過去の職場に比べると人間関係もよく、何だかんだで正社員になるよりアルバイトでいる方が年収が高いという逆転現象も起きている。
 
これまでの苦労を考えると、「今がいちばん、幸せ」だと感じている。
 
といった内容の記事である。
 
 
この「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では、非正規雇用の拡大によって所得格差が広がり、セーフティネットからもこぼれ落ちた「孤立した貧困男性」にスポットを当てた記事が不定期で掲載される。
 
また「貧困に喘ぐ女性の現実」でも、同様の趣旨で単身女性や母子家庭の貧困問題についての記事が連載されている。


 
「部落差別ねえ…。それより僕のブラック田舎あるあるを紹介。弱い世界じゃ強いだろうが強い世界じゃ下の下のゲットーww」
 

東洋経済オンラインでの連載が結構興味深い。細かいツッコミどころはあるが、「明日は我が身」の思いの方が強いかな

上記2つの連載は僕もちょくちょく目にするのだが、毎回なかなか興味深い内容が多い。
 
といっても、中には「出身の○○大学にそんな学部ねえよ」「○○の自治体にはその部署は存在しない」など、これって間違いじゃないの? という記述も見る人が見れば存在するらしい。
 
恐らくだが、記事に臨場感を出すために多少デフォルメしたり、フィクションを混ぜたりといった部分はあるのだと思う。また、あまりに極端なケースばかりで、いまいちリアリティに欠ける記事も目立つ。
 
正直、僕にはこの連載がどこまでがガチなのかはよくわかっていない。
 
だがこの辺のツッコミどころについては、実はどうということはない
 
遠い世界で起きている出来事ではなく、どちらかと言えば「明日は我が身」。
そう考えると、細かい記述の間違いよりも内容の方に目がいく感じ。
 
「高齢化社会を乗り切るために優先席を撤廃しようぜ。んで、30~40代優先席を作ろうぜ」
 
何が言いたいかと言うと、要は「毎回楽しみにしてます」「でも、結構堪える内容も多いよね」ということ。
 

必ず現れる「自己責任論者」。僕には彼らの思考が理解不能です

そして表題の件。
この手の記事が出ると、必ず出現する「自己責任論者」
 
「働き方改革」やら「一億総活躍社会」やらと喚いているご時世、なぜ明日をも知れぬ状況の人に向かって「自業自得」などと言えるのか。
 
どれだけ考えても、僕には彼らの意見や思考回路が理解できない。
 
「停滞は衰退? 現状維持は後退? モンスタークレーマーへの対応策? 日大のタックル問題やアマボク問題で思ったこと」
 
まあ、本音を言うと「理解できない」というのはちょっと違う。
仮に記事の内容が本当だとして、取材対象に対して「ん?」と思うこともある。
 
その状況に陥るまでにできることはあったよね? といった「自己責任論者」の指摘もわからんでもない。
 
ただ、そうじゃねえだろと。
 
確かに社会人として未熟だったり知識不足だったり。いろいろと足りない点がある人はいるのかもしれない。
 
だからと言って「明日も見えないほどの貧困に陥っても仕方ない」と断言しちゃうのは違うでしょ。
何で社会人として未熟で努力が足りない人間は、揃って貧困層に落ちなきゃいけないのよ。
 
「今の状況を回避できるチャンスはこれまでにいくらでもあった」
「ちょっと調べれば、助けてくれる制度はたくさんある」
「それをしなかった彼(彼女)に同情の余地はない」
 
いやいやいやいや。
絶対違うでしょww
 
一度や二度段差を踏み外しただけで、どうして人としての生活を奪われなきゃならんのよ。
努力を怠った人間は最低限の生活すらしちゃいかんのか。
 
行政の制度を知らないって、そこまで悪か?
分岐点で尻込みして、転機のチャンスを逃すことがイコール貧困に直結すんのか?
 
んなことあってたまるかボケがww
 
「会社勤めの社会人が知っておいた方がいい○○のこと。労働基準法? 自分を守るための法律あれこれ」
 

普通の生活を手に入れるのに努力って必要か? 段差を踏み外したら貧困層に転落って、絶対おかしいでしょ

別に1000万円プレーヤーになりたいと言ってるわけじゃない。
サーバーエージェントやZOZO TOWNのおっさんみたいなイケイケになりたいわけでもない。
 
ただ単に普通の生活がしたいだけ。
 
月〜金を9:00〜18:00、月の残業が10〜20時間程度。
土日祝日休みで、それなりに有給も取得できる。
月に1、2回週末に飲みに行きつつ、年に1、2回くらい旅行もする。
老後に向けての貯金もちょぼちょぼ。
 
この程度の時間的、金銭的、体力的な余裕がある生活を得るために、そこまで努力しなきゃダメか?
それすらをしてこなかった人間は、明日をも知れぬ貧困に陥っても仕方ないってか?
 
もう一度言うけど、そんなことがあってたまるか。
 
「残業月100時間オーバーの実態。ヤバい? まだいける? ヒトでいられるボーダーラインの見極め。元社畜の僕が社畜自慢するお」
 
努力とやらを怠った代償が最低ラインを下回るような生活苦って、どう考えてもおかしいでしょ。
そんなもん、完全に自己責任の範疇を超えてる。
 
「お前が選んだ道だから甘んじて受け入れろ」などとのたまう神経がマジでわからない。
 

でも「働き方改革」などと言い出したのもここ1、2年だからね。ほんの15年前まで理不尽が当たり前にまかり通ってたから


なお10〜15年ほど前は、今よりもっと酷かった記憶がある。
 
先日、2007年に放送されたドラマ「バンビ〜ノ!」を観たのだが、しょーもなさすぎてめちゃくちゃ笑わせてもらった。

 
未熟な料理人役の松本潤に対する先輩役の佐藤隆太の対応がとにかくあり得ない。
気に入らなければすぐに怒鳴る。
上から目線で人格否定しまくる。
そして、店の裏に呼び出してボッコボコに殴る蹴る。
 
今なら完全に社会問題になるようなシーンが当たり前のように頻出する。この事実に大いに驚かされた。
 
「広島原爆の日、長崎原爆の日、終戦記念日。「表現の不自由展・その後」や参院選のおかげでいろいろ考えることも多かった」
 
また何かの討論番組では、“○○の経営者”と名乗るオバハンが、
「ウチの会社は自分で考えて行動しない社員は全部クビですよ」
「今の世の中、黙って給料をもらえるほど甘いもんじゃないですから」
と、したり顔でほざいていたこともある。
 
それを聞いた周りも「うんうん、そうだよね」と頷く地獄絵図。
 
そもそも現政権が「働き方改革」などと言い出したのが2016年なので、自分の力ではどうにもならない貧困層に向かって「自己責任だ」とぬかす輩が健在なのも仕方ないことかも……。
 
「人間には生まれながらの“不良品”が存在するのか。川崎殺傷事件に対する松本人志の発言・炎上を受けて考えてみる」
 
ちなみにだが、上述の“○○の経営者”のオバハンが「黙って給料をもらえるほど甘くない」とほざいたことに対し、ただ一人反対意見を述べていたのが大竹まこと
 
「そうじゃないんだよ。彼らは『自分で考えなくていい、言われたことだけやってれば給料がもらえる』と習って育ったんだよ」と喚き散らし、他の出演者から総スカンを食らっていた。
 
 
あれから約15年。
当時の大竹まことの意見が理解される世の中に、少しずつ近づいてきた? のかな?
人手不足はよろしくないけど、今いる人を大事にする風潮は強まってきた感じ?
 
繰り返しになるけど、
・これといった努力をしなくても、
・多少知識が不足していても、
・コミュニケーション能力が低くても、
「普通に暮らせる」のが健全な世の中だからね。
 
そこを勘違いすんなよ? お?
 
 

 

 

 
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