映画「ペリリュー 楽園のゲルニカ」感想。家族に「ただいま」を言えたのはわずか34人。田丸均一の第三者視点が戦争の凄惨さを際立たせる。「西部戦線異状なし」と同種の空気感
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映画「ペリリュー 楽園のゲルニカ」を観た。
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「ペリリュー 楽園のゲルニカ 」(2025年)
田丸均一一等兵はサンゴ礁に囲まれた美しい島ペリリュー島にいた。
ペリリュー島は日本軍の重要な軍事拠点の一つ。日本兵たちは鬼畜米英を打ち倒すべく、現地民との交流を進めつつ厳しい訓練、開拓作業に明け暮れていた。
田丸も上官から激しい叱責を受けながらも何とか食らいつく日々を送っていたが、彼には密かに思い描く夢がある。
好きな絵を職業にしたい、帰国後に漫画家になりたい。
だが戦地で将来の夢を語ることははばかられ、元来の性格も災いしてそれを口に出すことはできずにいたのである。
そんなある日、田丸に上司の島田少尉から呼び出しがかかる。
島田が彼に命じたのは「功績係」。
戦死者の最期の様子を記録し遺族に伝える文書を作成する役割。
田丸の絵の才能を見込んでの任命である。
そして、最初の任務として転んで頭を打って死亡した小山一等兵の記録を言い渡されるのだが……。
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原作は未読。ペリリュー島の知識も浅い。たまたまYouTubeの広告で流れてきて存在を知った
まず僕は今作についての知識は皆無。
漫画作品が原作&最近まで連載が続いていたことすら知らなかった。
また舞台となったペリリュー島についてもうっすら知っている程度。
太平洋戦争の中でパッと思いつくのは硫黄島くらい。はっきり言ってダメダメ人間である。
その僕がなぜ映画館に足を運んだか。
理由は単純で、夜中にぼーっとYouTubeを眺めていたらたまたま上記のPVが流れてきたから。
先日「プレデター:バッドランド」を観てから映画関連のPVが増えたのだが、その中に今作も含まれていた。
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「プレデターをウッキウキで観に行った人間に今作を薦めるのはどうなのよ?」「YouTubeのアルゴリズムどうなってんねん」とは思うが、まあいいや。
ソフトな絵柄が印象に残ったのと、戦争関連の作品なら大きく外れることはなさそうということでチケット購入を決めた次第である。
「西部戦線異状なし」と似た空気感。最前線にいる兵士たちの姿を淡々と描く
本編がスタートして思ったのが
「あ、これ『西部戦線異状なし』だ」である。
死と隣り合わせの最前線で活動する兵士たちの姿、戦争現場で起きていることを淡々と描く。
どちらに肩入れするでもない、何かを主張するわけでもない。
とにかく淡々と。
彼らは1人1人違う人間。
育った環境も違えば当然戦争に対する考えも違う。
それぞれに家族や恋人、大切な人がいて、現地で生まれた絆もある。
各々が自分(と大切な人たち)の人生を背負い命を捧げる。
「お国のために」を旗印に精一杯生き抜き、死んでいく。
だが彼らの名が歴史に残ることはない。
資料には「◯◯の戦いの戦死者××人」と記載されるだけ。
つまり、西部戦線は本日も異状なし。
低めのテンション、ソフトな絵柄、主人公田丸のキャラクター、などなど。
作品全体の空気感が「西部戦線異状なし」と被ったことをお伝えする。
表現が全体的にマイルドだよね。実際にはもっとえげつないことが起きていたと思うけど
そして思ったのが、全体的に表現がマイルドなこと。
恐らく実際の現場ではもっとえげつないことが起きていたと想像する。
現地民とのトラブルや隊員同士でのいざこざ、などなど。
極限状態ではドぎつい強奪行為もあったはず。
いわゆる性欲のはけ口的な事故も起きただろうし、性的マイノリティの隊員が男所帯の中で無事に過ごせていたかもわからない。
だが、今作ではそういうドロドロとした描写は皆無。あってもサラッと触れる程度である。
20代前半の男たちが年単位で一緒に生活し、酒の席で「お前童貞だろ?」「お前はどうなんだ?」という会話をしてそのまま収まるはずがない。
正直、田丸の描いたセクシーなイラストだけで満足できるとは思えないのだが。
殺した相手が夢に出てくる旨の描写もそう。
トラウマとしては明らかに弱い、心が壊れるなら再起不能レベルまでいかないと説得力がない。
とてもじゃないが、
「俺も夢に見るよ」
「まあ、しょうがねえよ」
とはならない気がする。
戦闘の生々しさや怪我や病気で弱っていく痛々しさはしっかり描いていたのに比べて人物表現は若干物足りない。
作風を考えれば人間関係はある程度高潔? にせざるを得なかったのだとは思うが。
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田丸均一を主人公に据えたのがうまかった。早い段階で「日本は勝てない」と悟ったのではないか
今作がうまいと思ったのは田丸均一を主人公に据えたこと。
「日本が勝てないことはわかっている」
「父親のように名誉ある死を遂げたい」
と語っていた目の前で同僚が足を滑らせて命を落とし、“功績係”として彼の死を美談としてでっち上げろと指示される。
また戦闘の現場では銃の不具合で弾が出なかったり、上官が味方の誤射で命を落としたり。
目の前に敵が現れても足がすくんで動けなくなったり。
その敵にも祖国に大切な人が待っている、自分と同じ血の通った人間であることに気づかされたり。
要するに命の奪い合いの場で「名誉の死」を遂げられる者などまずいない。
ほとんどは何かの拍子に“ただ”死ぬ。
「天皇陛下万歳」と絶叫する間もなく死ぬ。
そして、相手との戦力差も歴然。
1発撃つごとに薬莢を排出しなくてはならない、すぐに不具合を起こす銃しかない日本軍に対し、アメリカ軍は連射可能な最新式の銃と人間をゴミのように轢き殺す戦車で攻めてくる。
やっとのことで追い返してもわずか数時間後にそれ以上の軍勢で襲いかかってくる。
で、挙げ句の果てに生き残った同僚(先輩)から
「俺らはここに何で送られたかわかるか?」
「『1人でも多く相手を殺して死んでこい』って言われてんだよ」
と告げられてしまう。
諸々のリアルを目の当たりにして、田丸は早い段階で「日本は勝てない」「勝てるわけがない」と悟ったのではないか。
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主人公としては吉敷佳助の方がふさわしい。田丸からはどこか冷めたものを感じる
さらに彼には“功績係”として全体を俯瞰で見る視点が与えられている。
絶望的な状況でも「いつか日本は逆転する」と信じる(自分に言い聞かせる)同僚、上官たち。
現地民が島に戻り、アメリカの勝利を伝える新聞を見て、それでもなお“来たる戦い”に備えて英気を養う。
食料はあっても医療設備はない、衛生状態も悪い場所に長くいれば当然病に倒れる者も出る。
どれだけ状況証拠が揃い、健康を害する劣悪な環境に置かれても「日本は負けない」と言い続ける。
そんな彼らを(遠目から)見る田丸の姿はどこか冷めている。
はっきり言って主人公としては吉敷佳助の方がふさわしい。
兵士としての覚醒、新聞を見つけた際の動揺、迷い、葛藤から投降を決断するまでのムーブ。
彼の方がよっぽど当事者感があったし視点は完全に一人称だった。
逆に吉敷に着いていく田村は当事者でありながらもどことなく傍観者然としていた(気がする)。
そして、この第三者目線が「西部戦線異状なし」と同種の空気を生み出していた。
何者でもない彼らは簡単に何かに染まる純粋な存在。それでも彼らの覚悟は本物だった
しかし、改めてすごい話である。
戦争が終わっていることに気づかず2年も潜伏を続け、日本の勝利を信じ(言い聞かせ)続けた。
その間、心身が弱ることもあっただろうし命を落とした者も多かったはず。
それでも信念を曲げず、仲間の投降も許さない。
唯一の成功体験が相手の食料をかすめとったこと、それ以外は惨敗続きなのに、である。
彼らはほとんどが20代前半の若者だったとのこと。
どなたかがおっしゃっていたが、この戦いは「何者にでもなれる可能性を持った若者が何者かになる前に命を落とした」戦いだったと。
だが、何者でもない彼らは簡単に何かに染まる存在でもあった。
祖国のために死ぬことは名誉だと教わり、「日本万歳」「天皇陛下万歳」と吹き込まれて戦場に送り出される。
その状況下で異を唱えるなどできるわけがない。
疑問を持つ余地すら与えられない。
誰が正しいとか間違っているとかじゃない。
正義も悪もない。
ただ、彼らの覚悟は間違いなく本物だった。
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ペリリュー島に送り込まれた約1万人のうち「ただいま」を言えたのはわずか34人。
田丸の第三者視点は戦争の凄惨さ、現代との価値観の違いをうまく浮き彫りにしていた。
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「『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』 1-11巻 + 『ペリリュー ―外伝―』 1-4巻 15冊コンプリートセット 全巻 新品 武田一義」
「玉砕の島 ペリリュー 生還兵34人の証言」
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