通算224敗の男。224敗中、KO負けはわずか14。いつ、何時、どこへでも駆けつけ興行を成立させる“ジャーニーマン”

通算224敗の男。224敗中、KO負けはわずか14。いつ、何時、どこへでも駆けつけ興行を成立させる“ジャーニーマン”

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黒ずんだシミ、時代遅れの蛍光灯。
 
見慣れた天井が目に入る。
 
枕もとに置いたスマホを手探りで見つけ、時刻を確認する。
AM11:17。
 
アラームをセットした時間は11:30。
 
「ちっ」
 
軽く舌打ちをして体を起こす。
 
いつの頃からか、アラームが鳴る前に目が覚めるようになった。
昔は何時間でも寝ていられたのに。
 
最後にアラーム音を聞いたのはいつだったか。
ボーっとした頭で思考を巡らせ、すぐに諦める。
 
 
 
今日の仕事場は隣町の小さな貸ホール。何とかいう若手との6回戦だ。
 
負傷による欠員が出たらしく、2週間前にオファーされた試合。
階級は1つ上、デビューから5連勝中のホープ。名前は忘れた。
 
何てことはない。
慣れっこのパターンだ。
 
 
俺は適当に食事を済ませ、開始時刻の18:00に間に合うように家を出る。
 
1試合目なので17:30頃に到着すれば大丈夫。
 
ウォームアップ?
そんなものは本気で上を目指してるヤツがやればいい。
 

俺の仕事はジャーニーマン

ジャーニーマン。
 
ボクシング界では俺みたいな人間をそう呼ぶ。
 
今回のような負傷欠場だけでなく、
・強すぎる
・試合がつまらない
・トップアマ出身者とのミスマッチ
・スケジュールが合わない
etc。
対戦相手が見つからないケースは枚挙にいとまがない。
 
その際、興行主が補充要員として声をかけるのが俺たちだ。
 
もちろん相手を選べるはずはなくオファーのタイミングも読めない。
 
今回は2週間前だったが、こんなのはまだマシな方。
ヘタすりゃ3日前のオファー、当日キャンセルなんてこともある。
 
 
試合間隔もめちゃくちゃだ。
短ければ1週間、長くても2か月開くことはまずない。
 
試合場も100人前後の小ホールから2000人規模の中会場、ひと駅で行ける近場から夜通し車を飛ばしてようやくたどり着く遠方まで。
 
いつ、何時、どんな場所にも駆けつけるのが俺の仕事だ。
 
 
要するに便利屋というヤツ。ジャーニーマンなどと気取った呼ばれ方をしてはいるが、実態は単なる人数合わせにすぎない。
 
おかげでコロナが始まる前年、2019年は20試合、2018年は23試合をこなした。
競技の特性上、俺みたいな人数合わせには意外とニーズがあるのだ。
 
そして、そのすべてで負けた。
 

控室の“熱量ゴリラ”。煩わしいったらありゃしない

会場に到着した俺はいつもの裏口に向かう。
何度も試合をした場所なのでどこに何があるかはだいたい把握済みだ。
 
控室とは名ばかりの個室に足を踏み入れると、汗と埃の混じった匂いが鼻腔を刺激する。
 
そして、目の前にはトレーナーのミットに一心不乱にパンチを打ち込む男の姿が。
 
恐らく2試合目に出場するヤツだろう。
 
ご苦労なこった。
まだ本番まで1時間近くあるというのに。
 
色ツヤのいい肌、盛り上がった肩周り。
何よりミットを打ち抜く小気味いい音が若々しさを強調する。
 
「ちっ」
 
俺は誰にも気づかれないように本日2度目の舌打ちをした。
 
 
華やかで大金が動く印象のボクシングだが、あんなものはごく一部に過ぎない。
ド派手な演出や大々的なプロモーションで注目を浴びるのは世界タイトルマッチくらい。それもライト級以上に限る。
 
俺を含む有象無象の試合なぞ数百人入ればマシな方。クソみたいな会場ではした金のために殴り合うのだ。
 
 
だが、目の前でウォームアップに精を出すコイツからはしみったれた空気は微塵も感じられない。
 
自分はこんな場所に長居するつもりはない。埃まみれの掃き溜めから1日でも早く抜け出してやるという野心を全身から発している。
 
まいったな。
煩わしいったらありゃしない。
 
俺のように30歳でプロデビュー、2ヶ月後には己の才能のなさを知った人間とはあまりに住む世界が違う。
同じ空間にいるだけで胸焼けしそうだ。
 
 
とりあえず俺はそいつのことを“熱量ゴリラ”と呼ぶことにした。
もちろん心の中で。
 
どうせ名前を聞いてもすぐに忘れちまうからな。
対戦相手の名前だってろくに覚えられねえんだ。たまたま居合わせた熱量ゴリラの呼び名なんて熱量ゴリラで十分だろ。
 

ガラガラの会場に響く野次

第1試合目なだけあって会場はガラガラ。
 
時おり客席から野次が飛び、そのたびに下卑た笑いが起こる。
客が少ないせいで声がよく通りやがる。
 
アルコール片手にふんぞり返る男。男にべったりと体を寄せる金髪女。
 
相変わらずクソみたいな空間だ。英国紳士が聞いて呆れる。
それともボクシングならではのものなのか?
 
まあ、どっちでもいいけどよ。
 
 
俺の入場が終わると次は対戦相手のホープの入場。
 
だが、弛緩した空気は変わらない。
 
当然だ。
 
たかだか5連勝、しかも相手は2週間前に駆り出された噛ませ中の噛ませ。
こんな試合を緊張感を持って観ろという方が無理がある。
 

トレーナーはアイツ。いつの間にそんなところに…

試合開始が迫り、俺はリング上でホープと向き合う。
 
ふと相手陣営に目をやると、そこには見知った顔が。
 
数年前に対戦したアイツ。
いつの間にホープのトレーナーになってやがったのか。
 
確か当時は30ちょいだったから……今は40手前か。
戦績は通算15戦ってところか?
 
話にならねえな。
30前半での引退もそうだし、しれっとホープのトレーナーになってるのも気に食わねえ。
 
あの頃のイケイケっぷりはどうしたよ?
フィジカルのゴリ押しファイトがお前の真骨頂だろ。
 
倒れるときは前のめりじゃねえのかよ根性なしが。
いつの間に勝ち馬に乗るようなつまらねえヤツに成り下がったんだよ根性なしが。
 
 
俺の視線に気づいたアイツがニヤッと笑みを浮かべる。
 
おいおい、何だその笑いは。
いまだに便利屋家業にどっぷり浸かってる俺をバカにしてんのか。
 
勝負の直前に白い歯を見せるんじゃねえ。
しばき倒すぞ。
 
対戦相手でもないアイツにメラメラと敵愾心を燃やす俺。
ホープのことなんか光の彼方に消えちまった。
 
そんなことをやってるから勝てねえんだろうな。
 
 
ん?
アイツとの試合がどうだったかって?
 
負けたよ。
 

俺が40歳を過ぎてもハイペースでやれる理由

開始のゴングとともに猛然とダッシュをかますホープ、対角線上を一直線に襲いかかって……こない。
 
それどころか、フットワークを使って左回りに回りながら距離を取る。
 
ほほう、そうきたか。
 
だけど俺は知っている。
これがフェイクだということを。
 
現役時代のアイツは猪突猛進の突貫ファイター。
攻撃にパラメータを全振りしたような脳筋野郎で、勢い任せのゴリ押ししかできないヤツだった。
 
そのアイツがトレーナーだ。駆け引きなんかを教えるわけがない。すぐに真っ向勝負に切り替えるに決まってる。
 
要するにアレだろ?
現役時代に対戦経験があるから最初は手心を加えてやれとか、そんな指示を出したんだろ?
 
なるほどね。デビュー5連勝のホープといっても大したことはない。馬力でねじ伏せただけで、多少の経験があれば十分いなせるレベル。
 
 
キャリアで200敗以上している俺だが、KO負けは14のみ。引き分けも12ある。
 
相手のパンチを芯で食わない、ダメージの少ないもらい方には自信がある。
ポイントを取るのは下手だが、致命打を食わないコツを知っている。
 
俺が40歳を過ぎてもハイペースでリングに上がれる理由がこれだ。
 
 
勝っていた試合を負けにされたことも1度や2度じゃない。
 
そりゃそうだ。
 
踏み台になるべき噛ませ犬がホープを食っちまうなんて洒落にならないからな。
際どい判定は全部俺の負け。つくづくクソったれた業界だよ。
 
 
おっといけねえ。今は試合中。
余計なことを考えている場合じゃない。
 
悪いな。今夜は久しぶりに勝たせてもらうわ。
 

このまま終わるわけがないだろ?

左回りのサークリングを繰り返すホープ。
1Rも半分が過ぎようとしているが、一向に攻撃に転じる気配はない。
 
俺も自分から手を出すことはない。
 
何発かジャブをもらったが、知ったこっちゃない。
まっすぐ向かってきたところに絶好のカウンターチャンスが待っているのだから。
 
2分過ぎ。
焦れた観客から早くも野次が飛ぶ。
 
「つまんねえぞ!! さっさと打ち合え!!」
 
さっきの安っぽい金髪女を連れた酔っ払いだ。
 
バーカ。
このまま終わるわけねえだろ。
これだから素人は困るんだよ。
 

なるほど、俺をその気にさせる作戦か

2Rに入ってもホープはサークリングを続ける。
 
相変わらずジャブは鋭い。
とてもじゃないが全部をかわすことは不可能。さすがの俺でも何発かはクリーンヒットを許してしまう。
 
だがダメージは皆無。カウンターをぶち込む準備は万端だ。
 
「シュッ、シュッ、シュッ!!」
ホープが一段ギアを上げる。
左回りに前後の出入りを加えてくる。
 
懐に入って左ボディ、離れ際に顔面に軽く右をヒットし再び距離を取る。
 
なるほどなるほど。
まだ引っ張るか。
 
そうやって俺をその気にさせる作戦ね。
確かに引っ張れば引っ張るほど効果は絶大だからな。
 
でも、それもお見通しだよ。
 
いつでもいいぞ?
向かってきたら最後、キツいのをお見舞いしてやる。
 

美味しいものは最後まで取っておくタチ

その後もホープは打っては離れを繰り返す。
出すのはほとんど左のみ、3、4、5Rと軽いパンチを当てるだけで攻撃らしい攻撃はなし。待ち構えている俺の方が手数が少ないくらいだ。
 
ははーん、なるほど。
最終ラウンドで一気に勝負をかける腹づもりか。
 
美味しいものは最後まで取っておくってか?
アイツもそういうところあったもんな。
 
いいぜ?
とことん付き合ってやるよ。
 
 
あと、さっきからうるせえお前、金髪女とひっついて叫んでるお前だよ。
目にもの見せてやるからちょっと待っとけ。
 

ふざけんなクソが

カーン!!
 
最終ラウドのゴングが鳴り、レフェリーが試合終了を告げる。
 
大きく「ふうっ!!」と息を吐き出すホープ。
 
右手でガッツポーズを作り、そのまま俺の胸をポンと叩く。
そして、爽やかな笑顔を浮かべてコーナーに戻っていく。
 
コーナーのアイツも眩しい笑顔でホープを迎える。
 
 
判定結果は3-0でホープの勝利。
 
当たり前だ。
何せ俺はほとんど手を出していないのだから。
 
まともに当たったパンチは3発あったかなかったか。
こんな試合で勝てるわけがない。
ホープのアウトボクシングに完全に支配された。
 
 
ふざっっっけんんなクソがああああぁぁぁ!!!
何だよ。何で向かってこねえんだよ!!
そんなファイトが許されると思ってんのか、ああ!?
 
「オッケーオッケー、作戦通りだったな」
 
はあああああぁぁぁ!!!??
作戦だあぁ?
 
突貫ファイトしかできねえアイツの弟子がアウトボクサーでいいわけねえだろ。
頭沸いてんのかダボが。
 
そもそも寝言は寝て言えや。
40手前にもなって夢と現実の区別もつかねえのか。
 
「ありがとうございます!!」
「でも、ちょっとつまんない試合でしたね」
「観客が白けちゃいました」
 
うるっせええええぇぇ!!
 
てめえごときが客の心配してんじゃねえぞ。
だったら最初から向かってこいやクソボケが。
 

熱量ゴリラ再び

あーくだらねえ。
こんな試合があってたまるか。
 
身の程をわきまえねえヤツがいっちょまえに興行を語るなや。
 
クソッ、やってられねえ。
 
「うるせえぞ負け犬が!!」
 
観客の罵声でハッと我に返る。
 
いかんいかん。
途中から声に出ちまってたらしい。
 
大急ぎで視線を落とし、しおらしいそぶりで花道を戻る。
 
知性の欠片もないヤツに諭されるとはね。
俺もヤキが回ったもんだ。
 
 
控え室に入る際、2試合目に出場する選手が目の前を通る。
さっき目の前でミット打ちをしていた熱量ゴリラだ。
 
腫れ上がった俺の顔を一瞥した熱量ゴリラがすれ違いざまに
 
「ちっ」
 
いや、聞こえてたんかい!!
 

こういう日もあるさ

散々な日だった。
 
客はうるせえ、控え室は最悪、おまけに試合には負けるときたもんだ。
 
酔っ払いはストレス発散、ホープはキャリアを進める、アイツは現役時代から連勝。
おいおい、俺1人が損してるじゃねえか。
 
今さら成り上がろうなんて思っちゃいないが、どうせ負けるならせめて気分よく負けたい。そのくらいの我がままを言ってもバチは当たらねえだろ。
 
 
 
まあ、こうやってウジウジするのも今日の0:00まで。日付が変われば綺麗さっぱり忘れて次に向かう。
 
細かいことにはこだわらない、引きずらない。
いちいち落ち込んでたら便利屋家業なんてやってられないからな。
 
 
ちなみに後で知ったのだが、相手コーナーにいたアイツはかつて俺が対戦したアイツとはまったくの別人だったらしい。
 
な?
だから言ったろ?
 
名前を聞いてもすぐに忘れちまうって。
 

フィクションです

当然ですが上記はすべてフィクションです。
実在の人物の人格や団体とはいっさい関係がありません。
 
たまたま15勝224敗12分14KOというとんでもない戦績の選手を見つけ、
「Kevin McCauley」
 
あれこれ記事を漁るうちに興味が出たのがきっかけです。
「Kevin McCauley: Life As A Journeyman」
「Boxer with 224 losses and just 15 wins finally calls it a day after journeyman career」
 
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