NBA史上唯一無二の勝負師コービー・ブライアント逝去。ブラックマンバに捧ぐ24秒バイオレーション
異様な光景だった。
第4Q残り1分。
得点は96-92。
左45度から放たれた3Pシュートは高い放物線を描き、ネットに吸い込まれる。
一瞬の静寂から地鳴りのような歓声。
観客は総立ちで拍手を送り、実況席も大盛り上がり。
その差わずか1点。
第2Q終了時点で15点あった点差が、ついにシュート1本で逆転可能な位置まで縮まる。
タイムアウト中、ベンチに戻った彼を笑顔で迎えるチームメートをよそに、男は表情一つ変えない。
タオルで汗をぬぐい、肩で息をしながらもう一度集中力を高める。
男の名はコービー・ブライアント。
2016年4月13日、カリフォルニア州ロサンゼルスにあるステイプルズ・センター。
ここで中心選手として20年を過ごしたNBA屈指のスーパースターは、今日の試合を最後に現役を引退する。
2015年11月29日にコービーが今シーズン限りでの引退を表明して以降、レイカーズは彼の引退行脚のようなシーズンを送っていた。
チームはプレイオフ争いから早々に離脱し最下位を独走。最終戦を迎えた時点で16勝65敗、勝率わずか2割強という惨状。2000年代前半に3連覇を達成したかつての名門は見る影もなくなっていた。
また、故障明けのコービーにも全盛期のキレはなく、1試合の平均得点は17.5点。プレイタイムも約28分にとどまっていた。
引退試合となったこの日のユタ・ジャズ戦も、序盤はどこかフワフワした雰囲気が漂う。
コービー自身も必要以上にパスが回ってくる状況に苦笑いを浮かべるなど、場内はお祭りムード満載。チームの勝ち負けよりも、去りゆくスターを笑顔で送り出そうという空気が充満していた。
ところが。
第4Q残り9分、コービーがこの日40点目となる3Pを決めたあたりから徐々に風向きが変わる。
85-76と点差は9点。依然厳しい状況には変わりないが、彼の勝負強さをよく知るファンはブラックマンバの爆発に期待してしまう。
そこから怒涛の攻勢により、4点差まで詰め寄るレイカーズ。残り時間1分を切ったところでコービーの3Pが決まり、ついに点差は1点。
だが大盛り上がりのチームメートをよそに、コービーはいっさい集中を切らさない。
試合が再開され、リバウンドをキャッチしたラッセルは迷わずコービーにボールを託す。序盤のお祭りムードとはまったく別物の“エースに勝負を預ける”ためのパス。
ボールを受けたコービーはサイドステップから鋭く右に切り返し、スクリーンの裏からシュートを放つ。
柔らかいタッチで放たれたボールは再び美しい弧を描き、リングに触れることなくネットを揺らす。
残り31.6秒で得点は96-97。
この試合で初めてレイカーズがリードを奪った瞬間である。
総立ちでハイタッチを繰り返す観客。
コービーの家族も含め、会場全体を揺らすような歓声が1人の選手に向けられる。
チームメートも次々にコービーに抱きつき、喜びを爆発させる。
割れんばかりの歓声の中、かつての盟友シャキール・オニールも呆れ顔で戦況を見守る。
だが、当のコービーだけはここでも表情を崩さない。
1点差で残り30秒ならまだまだ逆転は可能。数々の修羅場をくぐり抜けた勝負師は、ここからの厳しさを嫌というほど知っている。
そして残り14.8秒。
右サイドでファールを受けたコービーがフリースローを2本とも沈めて96-99。
直後のジャズの速攻を防ぎ、こぼれ球をキャッチしたコービーからのロングパスを受けたクラークソンがダンクを炸裂させて勝負あり。
コートサイドから投げキッスを送った奥さんに笑顔でウィンクを返すコービー。残り4.1秒でベンチに引き上げる彼の表情がようやく柔らかいものに変わる。
史上最高齢37歳での1試合60得点。
月に3度のブザービーターや1試合81得点など。
暴力的なまでの勝負強さで伝説を積み重ねた男は、自身のラストゲームまでをもその暴力性で真剣勝負に昇華させた。
NBA屈指のスーパースターが見せた最後の勇姿。とことん勝利にこだわり続けた男が手繰り寄せた最高のフィナーレである。
コービーの訃報。あまり詳しくないけど、この選手の偉大さは山ほど感じる
NBA史上屈指のスーパースター、コービー・ブライアントの訃報が世界中を駆け巡ってから数日。
あまりにも早すぎる別れに現役選手やレジェンド、元チームメイトやメディア、ファンはいまだ途方に暮れている。
訃報が流れた翌日、テキサス州にあるAT&Tセンターで行われたサンアントニオ・スパーズvsトロント・ラプターズ戦では、試合開始とともにラプターズの選手がショットクロックバイオレーションを犯す。直後のスパーズもフロントコートにボールを運んだままあえてショットクロックを使い切る。
現役時代のコービーが着用した24番に敬意を示す追悼ジェスチャー。これを受け、会場は「コービー」の大合唱に包まれたという。
Both the @Raptors and the @spurs ran out the 24-second shot clock on their first possession of the game in honour of Kobe Bryant. pic.twitter.com/JhD8XVUGFo
— Sportsnet (@Sportsnet) January 26, 2020
僕自身、NBAを観始めたのが2013-2014シーズン前後だったこともあり、コービー・ブライアントについて詳しく知っているわけではない。ちょうどコービーが度重なる故障に苦しんでいた時期で、まともにこの選手のプレーを観たのはラストシーズンのみ。全盛期を知っている方からすれば完全なるニワカである。
また、レイカーズ自体が低迷していたせいであまり興味もわかず。コービーの存在が逆にチームの再建を遅らせているのかな? などと無責任に考えていた程度で、むしろ注目していたのはヒートからキャブズに復帰したレブロンの方。
「歴代最高オールラウンダーはジョーダンorレブロン論争にケリをつける。不毛な議論ほど楽しい?」
正直、コービーに対する思い入れが強いとは決して言えない。
だが史上最年少でのオールスター選出、史上最年少での3度目の優勝、歴代2位の1試合81得点、18年連続オールスター出場、満身創痍での5度目の優勝など。数々のエピソードや実績を振り返ると、コービー・ブライアントという選手の偉大さや勝負強さは山ほど感じることができる。
また歴代最強デュオの呼び声高いシャキール・オニールとの確執は有名な話だが、シャックが去ったあとに再び優勝するまで5年を要したことを考えると、インサイドでのシャックの存在がどれだけ大きかったかは想像に難くない。
パウ・ガソルという相棒を得た2008-2009年シーズンにようやく頂点に返り咲いたコービー。2000年代前半のキャリアはまさに“シャックの幻影との戦い”だったと言えるのではないか。
もしかしたらコービーはスコアラータイプなのかも。チーム事情でオールラウンダーにならざるを得なかったけど
そして長年の疲労蓄積に加え、2012-2013シーズン終盤のアキレスけん断裂によって実質キャリアは終了。故障をおしてチームを優先してきたツケがついに噴出してしまう。
もしかしたらこの選手は本来、スコアラーに特化したタイプなのかもしれない。
ロケッツのエース、ジェームズ・ハーデンのようにパラメータをオフェンスに全振りしてこそ発揮するタイプ。
それがチーム事情によってやむを得ずオールラウンダーの役割を担うことになり、思った以上に身体的、精神的な負担がかかってしまった。シャックが去ったあとの意地もあったのだと思うが、チームの柱がもう1人いればコービーのキャリアも大きく変わっていた可能性も……。
完全なタラレバだが、シャック、コービー、ハーダウェイが揃った世界があれば……と思わないでもない。
もちろん長年の孤軍奮闘があったからこそ、偉大なキャリアを築けたという事実があるわけだが。
数字に表れない神通力がコービーの魅力。最高ではないが最強である
「歴代最高の選手とは言えないが、間違いなく最強である」
多くの方がコービーを語る際に口にする言葉だが、僕がそれを思い知らされたのが上述のキャリア最終戦。去りゆくスターを見送るお祭りムードを自らの暴力的な勝負勘で一変させた試合は、(僕にとっての)コービーの最初で最後のハイライトとなった。
7年連続1試合平均30得点以上、通算でも30.1点を記録したマイケル・ジョーダンや、30代半ばを迎えてもなお平均出場時間35分、平均得点25点以上を叩き出す鉄人レブロン・ジェームズ。
正直、彼らと比べればコービーの残した数字は一段落ちる。
恐らくこれから先もコービーを超える選手は現れるが、ジョーダンやレブロンに比肩する選手がそう簡単に現れるとは思えない。
だが、会場の空気を一変させる支配力や印象的な1本を決める勝負強さ、数字には表れない意味不明な神通力はコービーならではのもの。コービーほど「コイツなら何とかしてくれる」と観る者に思わせた選手は後にも先にもいないのではないか。この強烈な魅力は唯一無二と言っていい。
「コービー・ブライアントが残した3つの問い」
LAという大都市での経験値がコービーに強者のメンタルを身につけさせた
そして、それはやはり長年チームをけん引する過程で身についたもの。
北米4大プロスポーツのスケールを少しでも感じ取ることができれば、そこが途方もない世界であることは否が応でも想像がつく。そのトップに君臨する選手たちに関してはもはや空想の世界。我々パンピーには理解不能な領域である。
しかもコービーはLAという大都市で20年間、フランチャイズプレイヤーとして君臨し続けた。
常に結果を求められる立場でチームをけん引し、通算5度の優勝を持ち帰った実績は問答無用で凄まじい。
レブロンのように移籍した先々で強い仲間を集め、チームを優勝に導くスタイルが間違いだとは言わない。だが、一か所にとどまりチームにその身をささげるフランチャイズプレイヤーの偉大さは観る者の心を捉えて離さない。それがLAのような巨大マーケットならなおさらである。
バスケに造詣が深かろうがそうでなかろうが関係ない。残した成績が歴代No.1でなくとも、この選手の偉大さを疑う余地はいっさいない。
「八村塁の目指すべきはコイツ。NBA1巡目9位指名でワシントン・ウィザーズへ。日本人初の快挙とともに今後の展望」
ニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーターや読売巨人ジャイアンツの坂本勇人、FCバルセロナのリオネル・メッシなど。
数字に表れないリーダーシップ、強者のみが持つメンタルというのはスポーツの世界では間違いなく存在する。
中でも巨大都市やビッグクラブの顔として結果を出し続けた(る)選手の持つメンタルは、その場所に立った者だけに身につく特別なもの。
元来備わっていた点取り屋の素養に“強者のメンタル”が上乗せされ、この選手を史上最強の勝負師に押し上げた。コービーの発する意味不明な神通力にはそういう積み重ねがあったのだと思う。
繰り返しになるが、僕はコービー・ブライアントという選手に詳しいわけでも強い思い入れがあるわけでもない。
だが、彼の残した成績には尊敬の念しかないし、チームやファンにとっては数字以上の存在であったことも容易に想像できる。
サンキュー、ブラックマンバ。
心からご冥福をお祈り申し上げます。