吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない3つの理由。引退? 進退? コーチ業で後進指導? いやいや、吉田沙保里はこれからでしょ

NO IMAGE

リオデジャネイロビーチ
吉田沙保里が負けた。
リオ五輪レスリング女子フリースタイル53kg級決勝で、日本の吉田沙保里がアメリカのヘレン・マルーリスに敗れる波乱が起きた。

五輪4連覇を目指し、順調に勝ち上がった吉田沙保里だったが、金メダルのかかった決勝でまさかの敗戦。しかもポイント1-4という完敗である。

決勝で敗戦を喫したマルーリスには過去2戦2勝と圧倒しており、今回も特に問題なく勝てる相手だと思っていた矢先の出来事。
「金メダル確実」と言われ、選手団の団長もつとめた日本レスリング界のスーパーエースのまさかの敗北に日本中が驚愕した。

「取り返しのつかないことをしてしまった」
「力が出し切れなくて悔しい」
「応援してくださった方々に申し訳ない」

試合後、大粒の涙を流しながらも報道陣の質問に真摯に対応する吉田沙保里。
果たして「霊長類最強」とまで言われた生ける伝説の進退はどうなるのだろうか。

吉田沙保里が引退の意向? ちょっと待て。落ち着いてよく考えてみろ

吉田沙保里のまさかの敗戦に多くの方が驚き、悲しんでいる。
同時に吉田沙保里のこれまでの実績を称え、「お疲れさま」という言葉を投げかけている。

「謝る必要なんてない」
「銀メダルだってすごい」
「吉田沙保里選手がいたから今の日本レスリングの繁栄がある」

そして、
「今はゆっくり休んでもらいたい」
「これからの若い選手にこの経験を伝えていってほしい」
「最強の選手が次世代にバトンを渡した試合だった」
「負けてもしっかりと報道陣に対応する人間性が吉田選手の魅力」
など、多くの方が世代交代を決定付ける試合だったと感じたようである。

吉田本人は今の段階で進退を明言しているわけではないが、引退を示唆する言葉を発するなど第一線を退く可能性は低くない。

東京「若手が頑張る」 レスリング吉田沙保里が現役引退へ

確かに20代の選手が多く台頭し、33歳の吉田が2020年の東京五輪に向けて再始動するのはかなり難しい状況になっている。

だが、僕個人の意見を言わせていただくなら、吉田沙保里は絶対に現役を続行するべきだと思う。別に4年後の東京五輪を目指さなくてもいい。たとえば毎年行われている世界選手権(協会は2017年にパリで行われる世界選手権に吉田を派遣しない方針らしい)やレスリングワールドカップなど、リベンジを狙う機会は少なくない。

世界最高峰の舞台である五輪を一つの区切りとするのは非常にわかるのだが、どう見ても今辞めてしまうのはもったいないとしか思えないのだが、どうだろうか。
 
「メインの前に帰るな、予備カードを観ていけとかいう暴論。選手のチケット手売りとかいう最悪の慣習」
 

吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない理由その1:吉田沙保里はここからが円熟期

まず僕の考える吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない理由その1。
「吉田沙保里はここからが円熟期」について。

まあ読んで字のごとくなのだが、吉田沙保里の真価が問われるのはここからである。

先ほども申し上げたように、今回の敗戦を受けて吉田沙保里の「終わり」を感じ取っている方は多い。33歳という年齢に加え、吉田沙保里に憧れ続けた選手に負けたというドラマ性。
また、吉田沙保里のライバルでもあった山本聖子の元教え子というサプライズも手伝い、この五輪で吉田沙保里が一線を退くと考えている方は非常に多いのではないだろうか。

だが、これははっきり言って違う。吉田沙保里が本当の意味で強くなるのはこれからだ

以前の記事でも申し上げたように、超一流のアスリートには全盛期が2度あるというのが僕の考えである。

「リオ五輪のウサイン・ボルトが100m、200mで金メダルを獲得する理由」

勢いだけで相手を圧倒できる若い時期。多くのアスリートにとっては20代前半にあたるのだろうか。あのウサイン・ボルトが9秒69の世界記録を出したのが21歳時の2008年。これがいわゆる1度目の全盛期である。

そして、20代後半から30歳前後にかけてやってくる2度目の全盛期。若い頃の勢いが若干衰え、その分を身体の使い方や技術の向上、食生活の改善などでカバーし、肉体と精神のバランスがちょうどマッチするのがこの年齢なのだ。

ただ、この法則を吉田沙保里に当てはめてみると驚愕の事実が浮かび上がるのである。
吉田沙保里の公式戦119連勝は有名だが、2008年にいったん記録がストップしてから2012年までさらに58連勝を重ねていることも忘れてはならない事実である。

2012年といえば今から4年前。
2011年あたりから代名詞である高速タックルが対策され始め、翌2012年にロシアのジョロボワについに連勝記録を止められてしまうわけだが、このときの吉田沙保里が29歳である。

これがどういうことかと言うと、一流選手の1度目の全盛期を吉田沙保里は29歳まで続けていたことを意味するのである。

もっと言うと、2012年から2016年までの4年間はぶっちゃけ「円熟期に向けた準備期間」である。1度目の全盛期が過ぎたアスリートが身体と精神のバランスが一致せずに小さなスランプに陥る時期。いわゆる自分の肉体を見つめ直し、技術を磨き直すための4年間である。

要するにアスリートとして最も低迷する時期に世界トップの実力を維持し続け、ロンドン五輪で金メダル、リオ五輪で銀メダルを獲得しているのだ。

そう考えると、恐らく吉田沙保里の2度目の全盛期は来年以降。
間違いなく向こう4年間は円熟味を増し、技術とパワーが融合した最強吉田沙保里が観られるはずである。

たとえばだが、1度目の全盛期の戦闘力が100だとしたら2012年前後の戦闘力が90くらい。だが、それ以外の選手の戦闘力が軒並み60程度だったため、吉田沙保里の戦闘力が多少落ちようが関係なかったのだ。

そして、そこからさらに4年が経過し、現在の吉田沙保里の純粋な戦闘力は恐らく80前後。プラス周りの選手の実力が70前後まで上昇し、さらに万全の吉田沙保里対策を携えて挑みかかってきたため、今回のような結果が起きたのである。

だったら、ここから技術が向上して2度目の全盛期を迎える吉田沙保里が再び最強に返り咲くのは当然ではないか。

どう考えても引退する理由がないのである。

吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない理由その2:吉田対策がはっきりしている反面、こっちも対策が立てやすい

では次に吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない2つ目の理由である。
「吉田対策がはっきりしている反面、こっちも対策が立てやすい」

これも読んで字のごとくなのだが、各選手が吉田沙保里対策を講じてきている分、吉田側もやることが絞れるために非常にやりやすいのである。

今回のリオ五輪における吉田の全試合を観直してみたが、どの選手も基本的な戦略はほとんど同じである。

・自分から攻めない
・吉田と正対しない
・下半身をなるべく吉田から遠ざける

とにかくディフェンス第一。吉田沙保里の高速タックルをもらわないことを徹底しているのである。
そして、どうしてもポイントで劣勢に立たされて自分から攻めてしまう選手が多い中、決勝のマルーリスだけが自分から攻めない待ちのスタイルを貫き、勝利を収めた。先制を許しても強靭な精神力で自分を抑え込み、ディフェンシブなスタイルをやり抜いた。結果的に吉田沙保里が先に焦れてしまい、相手に逆転のチャンスを与えてしまった。
まさしくマルーリスが周到な作戦と精神力で勝ちをたぐり寄せたという試合である。

吉田沙保里といえば高速タックル。
もはや代名詞ともいえる吉田の18番の技だが、実はここ何年かの吉田はタックルを多用しない戦い方にスタイルチェンジしている。
これまでの吉田はいつでもタックルにいけるように膝を曲げ、相手との距離をあけて構えていた。だが、ここ何年かで徐々に相手との距離を詰め、膝を伸ばして腰を直角に折るような構えで対峙するようになっているのである。

恐らくタックル対策が浸透し始めた2010〜2011年前後からだと思うが、巨大な攻撃力を生み出せる反面、外されたときのリスクが大きいタックルより、相手に先に攻めさせてスピードと技術で返す方が効率的だと感じたのだ。

初期の高速タックルの印象が強いために、今でもガンガン攻めるスタイルだと思われがちだが、実際今の吉田はタックルの威光を利用しての返し技が得意なテクニシャンである。

これは若干柔道の谷亮子のキャリア後期とも通じるところがある。
谷亮子も初期は一本背負いをフィニッシュホールドとする一本狙いの柔道だったのだが、2004年のアテネで金メダルを獲得した際は完全にポイント奪取のうまいテクニシャンになっていた。

そう考えると、やはり長く現役を続けるにはある時期から効率重視の試合運びに移行することがもっとも得策なのだろう。

そして件の吉田沙保里である。
先ほども言ったようにこの選手の全盛期はこれからである。
さらに、各国の選手の吉田対策は「自分から攻めない」。
これだけである。

相手がやってくることがわかりきっていて、なおかつ今後は自分の調子がどんどん上がる。
僕は技術的なことはわからないので何とも言えないが、やること自体ははっきりしている。待っている相手への対策のみ。
これは再び吉田沙保里に風が吹くと考えていいのではないだろうか。

カレリンの引退も33歳?
それがどうした。
あんな雑魚と吉田沙保里を一緒にするなよ。

周囲の実力がやっと吉田沙保里に追いついてきたところなんだよ。
本当におもしろいのはこれからだろ。

おわかりだろうか。
現時点で吉田沙保里が引退する理由がどこにもないのである。

吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない理由その3:吉田沙保里後のレスリング人気がヤバい

最後に吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない理由その3。
「吉田沙保里後のレスリング人気がヤバい」

恐らくだが、吉田沙保里が今レスリング界から去ったらヤバいことになる。

「ラグビー7人制(セブンス)の魅力。メダル獲得できるか? ニュージーランド、フランスに勝利し、フィジーと激突」

今回のリオ五輪でメダルラッシュに沸いた日本レスリング界。だが、正直なところ吉田沙保里と伊調馨以外は「誰それ?」状態である。一時的に名前は覚えるだろうが、3ヶ月もすれば完全にパンピーに戻るといっても過言ではない。

オリンピックでメダルを獲得するということがどれだけすごかろうが、結局吉田沙保里と伊調馨のネームバリューにはまったく敵わない。それくらい吉田沙保里という選手がレスリング界に残してきた功績は大きいのである。実績面においても人気面においても。

その吉田沙保里が第一線を退く。
シャレになっていない。

一時期五輪種目から除外されかかったレスリングだが、吉田沙保里引退によって全体の人気が落ちれば再びその危機が訪れる可能性は高い。個人戦206連勝などというわけのわからん記録を持った選手が去ることになれば、世の中の関心はレスリングから一気に離れていくだろう。

さらに、今回の吉田沙保里vsマルーリス戦。
批判を承知で言ってしまうと、吉田沙保里史上最低のつまらない試合だった

お互いに攻め手がなく、長く続くこう着状態。
相手の手を掴み、得意のタックルを物理的に封じるマルーリス。
意を決して踏み込む吉田沙保里のタックルを腰を落として防ぎ、頭を押さえつけて引き剥がす。
はっきり言っておもしろくも何ともない

試しに2004年や2008年当時の吉田沙保里の試合を観てみるといい。
お互いがアグレッシブに攻撃を仕掛け、バチバチの攻防の末に吉田の高速タックルに屈する。勝敗はともかく、両者が激しく動き回るおもしろい試合ばかりなのである。

これは先ほども言ったように吉田沙保里が効率重視のスタイルにチェンジしていることもあるが、一番の要因は女子レスリングの競技レベルが上がったことによるものである。

1対1の格闘技やコンタクトスポーツにおける競技レベルの向上とは、すなわちディフェンス技術の向上である。
競技の成熟とともに相手の攻撃を防ぐ技術が発達し、徐々に大技がかかりにくい形態ができ上がる。
結果的にこう着状態の多い試合が増え、エキサイティングさが失われていく。番狂わせなどが起きにくくなり、観戦素人にはわかりにくい技術形態が構築されるのである。

僕がUFCなどを含むMMAを観なくなった一番の理由がまさしくこれなのだが、レスリングも五輪種目に採用されたことでその競技レベルが加速度的にアップしたのだろう。特に女子の試合は2004年や2008年などと比較すると、どの選手も動きを最低限に抑えた効率重視のスタイルに移行しているのである。

「ボクシングよりUFCの方が上? もうめんどくせえよ。人気がとか実力がとか、無意味すぎるだろ」

こんな状況の中、吉田沙保里のようなタックラーがいなくなると、レスリングの競技化はさらに進行することは確実である。より技術形態が複雑になり、結果としてライト層を遠ざけ人気が凋落するという皮肉な結果を生むのである。

つまり吉田沙保里のような旧世代の攻撃型タックラーの存在はレスリング界にはまだまだ必要なのである。先ほどの効率云々の話とは完全に矛盾するのだが、人気面を考えると今の段階で競技のアグレッシブさを失うわけにはいかない。そういうことなのだ。

これが吉田沙保里が現役続行しなくてはいけない3つ目の理由である。
日本レスリング界、そして五輪種目継続のためにも吉田沙保里は引退してはいけないのである。

【個人出版支援のFrentopia オンライン書店】送料無料で絶賛営業中!!